デジカメ農作業日記 (2011年03月)

2011/03/28

03/28のブログ

まだ続くガソリン不足 地震から17日が経つというのに ガソリンスタントには2キロから3キロに及ぶ 車が並ぶ。
正しく異常事態だ。
水道と電気が復旧し 地震の被害が企画的 少ない角田市は普段の生活にもどりつつあるが なんとなく落ち着かない毎日だ。 阿武隈山地の向こう側に位置する 浜辺の惨状を 思うにつけ気がめいる。

  それにしても 、原発事故が収まらない。 人間の英知を結集し作りあげた原発。 その原発を コントロールできずあえいでいる。  人の英知等 些細なものかもしれない。 百姓仕事は、命と直結する仕事だ。人が生きている限り食べ物を生み出さなければならない。
自然と向き合い、常に「想定外」を「想定」して 稲を作り続けてきたといえる。 それだからこそ、幾多の大災害 に遭遇しても 「百姓の来年」「いつまでたっても一年生」という言葉が示すように 未来を信じ素直な思いで田んぼにむかってきた。  春になり 種を蒔けば 新しい命が芽生える事を知っているし、その命を育む事によって 新しい未来が見えるからだ。  しかし、今回の原発事故の関係者から出る言葉は、 「想定外」という言葉しかない。 後がないではないか。 想定外の現実に直面し 想定外を想定していなかった では済まされない。 なんとしても、いち早く原発事故を収めて欲しい。
そうでなければ、明日へ向かって 生きる活力が生まれてこない。  津波の被災地の復興にむけ 国の全勢力をかたむけてほしい。
いま尚 何十万人という人が 希望を見出さずに困難な日々をおくっている。
 政府は 何してるんだ!!!
いつまでも 東京中心の報道や考え方はやめろ!
 震災に遭遇した 多くの被災地も日本だ。 そこには 多くの日本人が住んでいる。

  津波という自然脅威には ただただ 茫然と 素直にひれ伏すのみだ。 しかし、人災ともいえる今回の原発事故は、怒りだけが込み上げてくる。  なぜだろうか。

   今日も一日かけ、土地改良区のパイプラインの 試験通水。 我が村の 田んぼのライフラインともいえる用水パイプラインは 復旧の見通しがついた。 あとは 田んぼ仕事を急ぐだけだ。


2011/03/27

03/27のブログ

放射能と みそ汁
午前中 風のない 穏やかな天気。
育苗ハウスのビニールかけをする。
子供たちの手伝いをもらう。
午後から 作業場のかたずけを兼ね 籾すり作業。

福島原発事故による 放射能汚染が深刻化している。
 体内からの放射能物質の除去には 赤味噌 仙台味噌が有効だという。 これは科学的にも証明されている。
 チェルノブイリの事故の際 日本から大量の味噌が輸出されたという。 長崎に原爆が投下された際、 わかめの味噌汁を飲んでいた人が 被害が少なかった という。 放射線治療に携わっていた医師等の研究もある。

意外と 日本の伝統食 ご飯とみそ汁が 日本を救うかも。


2011/03/26

 ようやく暖かくなってきた。

 夜 ミゾレが降る寒い朝だったが 日の出と共に田んぼに水蒸気が昇る。

 

 

 

 

 用事があり 浜の津波の被害に遭った 亘理町へ行く。 知人の様子が気になり 家から30分程の所にある海の町に行く。

 幸い自宅は高台にあり 津波の被害は少なく 庭先まで津波が来たものの自宅にはあがらなかったという。

 途中 海辺の街なみを見たが 本当に壊滅的被害だ。

 道路は車が通れるようになったが、両脇は がれきの山。

 荒涼とした風景がつづく。

 このような風景が 茨城県から青森県の太平洋沿岸に延々と続くと思うと背筋が凍る。

 なんとも言葉が出ない。

03/26のブログ

これからが たいへん
今朝は うっすらと雪が積もっている。
寝ていても寒いと思った 雪。
今年の春は 寒い。
 昨日 種籾の塩水選等をする。 農作業を しっかりやることが いまの自分に与えられた一番の役割。

 郵パックもようやく一昨日から 動くようになった。
首都圏で 待っている多くのお客様に はやくお米を届けたい。
角田郵便局の 支店長に よろしくお願いする。


2011/03/25

03/25のブログ

土地改良区で午前中 今年度の維持管理工事完成検査で管内を見て歩く。
午後から 本年度の用水実施計画会議。
完工検査の途中 仙台平野に位置する名取土地改良区の総代をしているという人が 現場で働いていた。 仙台平野のど真ん中に位置する名取。
今回の地震と大津波で海岸線は 壊滅的な被害を受けたところだ。
話を聞いてびっくり。
あの広い名取耕土で今年 稲を作れるのは三分の一位だという。
津波で冠水したところは今年の作付は難しいだろうとは 思っていたが事態は、それよりも深刻だというのだ。
津波で主要河川が下流で壊滅的被害を被り、上流で稲を作付した場合 その排水が出来なくなり  災害復旧工事に支障が出るというのだ。
 上流の田んぼの作付も制限せざるをえないのだという。
予想もしない事態だ。
こんなことでは、今年の稲の作付は全国でどのようになるのだろうか。
生産調整なんて言っていられるのだろうか。
 満足にコメが作れるところに 稲を作付しなければ 来年 日本で食べるコメは 大丈夫なのだろうか。
 その辺の話が 政府から 全く伝わってこない。
ナニしてるんだ!!!

昨日の情報に 次のようなものだある。

農水省が23日、東日本大震災による津波で浸水した田畑が岩手、宮城、福島の3県で約2万ヘクタールに達するとの調査をまとめた。阪神大震災での田畑の被害面積の100倍の規模だ。
農業を再開するには、海水がもたらした塩分を田畑から取り除くなどの作業が必要で、今後の作付けに甚大な影響が出そうだ。国土地理院が撮影した衛星写真や現地調査に基づき、農水省が分析した。
内訳は岩手が1800ヘクタール、宮城が1万3千ヘクタール、福島が5400ヘクタール。仙台平野や北上川河口付近が広範囲に浸水した宮城の被害面積が最も広く、同県内の田畑の9.5%を占める。
青森や茨城などでも田畑の浸水は起きたが、今回の結果には含まれていない。

おそらく 作付不可能な田んぼは、津波の被害地で冠水した田んぼでなく 農業施設の 損壊等で作付不可能な田んぼが相当出るだろう。
その数字は 政府はつかんでいるのだろうか。

本日の会議で、角田土地改良区の 用水開始は昨年同様にすることを 機関決定する。
遅れていた農作業を 進めなければならない。


2011/03/23〜24

 土地改良区の総代会。

 事務所に向かう途中 ガソリンスタンドに3キロから4Kにかけて車が並んでいる。 現代社会は、車社会。 ガソリンを求めて長蛇の列。

 総代会で、例年通りの用水開始をすることを確認する。

 遅れていた 種モミの塩水選作業を再開し 種モミを水づけする。

 

 

 

 

03/24のブログ

これから農業
昨日 午後から水道が通水可能となった。
 約2週間ぶりに ゆっくりとお風呂に入ることが出来た。
大津波の被害で 避難している人の事を思えば 申し訳ないという気持ちがあるが、 水道は ほんとうにありがたい。

夜 東京からのお見舞いの電話をいただく。
東京も節電で 夜は普段より暗くなったという
。 華々しいネオンの光は、少なくなったという。
 震災の復旧のメドは まだまだ 見通せないが 新しい社会システムが生まれてくる。だろう。

 東京も福島原発事故の放射能の影響が出てきたようだ。
当然だろう。それだけ放射能の影響は 広範囲にでるということだ。
しかし、農産物の農薬問題と同じように あまりにもヒステリックになってもショウガナイ。 この際 国が安全だという許容範囲であれば 水でも 野菜でも 美味しく 食べればいい。 放射能の害よりも 精神的ストレスで病気になるほうが確率的には 絶対多いはずだ。 狭い日本 放射能からは 何処に逃げても同じだ。
 いまこそ 腹をくくって 国の発表を信じ 多少の放射能はミネラル分と思いたべることだ。 現実を共有する行為と覚悟がなければ、これからの日本の未来は語れない。 そうでなければ 福島原発事故で避難している 福島県の人達やこれまで都会生活を支えてきた多くの田舎が うかばれない。

この震災をナンとしても乗り越え、新しい日本を築く。
その際の 答えのひとつとして これから農業 だろう。
昨日は、土地改良区総代会。


03/23のブログ

パイプライン通水可能 昨日一番心配していた 田んぼの用水パイプラインの損傷。
関係機関の努力で 試験通水をすることができた。
 結果は 三か所ほど 破裂の個所があったが 補修可能な範囲。
かたずをのんで、ポンプの電源をいれる。
 一番心配していた破損予想箇所は 漏水がほとんどない。
おおいに安心。
これで、一気に農作業への力が入る。
 作付も 予定通りに進められるようだ。

被害の少なかった 角田の百姓の最大の使命は、少しでも多くの お米を作ること。
また余震が 続く


2011/03/22

 土地改良区でパイプラインの試験通水をする。

 固唾をのんで ポンプの電源を入れる。

 数か所 漏水個所が見つかるが 修理可能の様だ安心する。

 

 

 

 


2011/03/21

 彼岸の中日。 集落の契約会。

 大津波の直撃を受けた 海まで車で20分余り。 集落内には 浜に親戚がいる人がたくさんいる。

 当然 被災した人の話題でもちきりになる。

 集落のお寺の境内の お地蔵さまは無事だったが塔ろうが崩れたいた。


2011/03/20

03/20のブログ

昨日 集落の会合がある。
話題は 地震。
幸い私の集落は 建物の倒壊があったものの 被害は少なかった。
みな 元気だ。 今年の稲作の見通しについて 話をする機会があったので 土地改良区関係の施設の 復旧見通しについて話しをする。
 最後に 被害の少なかったこの角田の最大の使命は、 これからの来年にかけての お米を少しでも多く生産することだ。 農作業が出来るようになったら 少しでも早く 田んぼに出て 農作業を進めようという話をする。

 ところで、アエラという週刊誌がある。 創刊初期から定期購読している。 創刊時の編集幹部と知り合いだった縁で購読するようになった。
 今月号の 表紙見てビックリ。 二男が 朝日新聞 頭がおかしくなったんではという。 防毒マスクをしている顔がアップ。 なんだこれは、 ただ単に恐怖をあおっているだけではないか。
 何の目的で こんな表紙にした!!!!
本当に 朝日新聞もおバカさんになった

。 福島原発が 隣の県に位置する我が地域 原発の問題は他人事ではない。
 原発に関しては、すでに福島県 茨城県の農産物に風評被害が出ている。 明らかに人体に影響するような 状況だったら出荷はを自粛するのは当然だ。しかし 今の数値は 人が食べても、大丈夫だとNHKのニュースでも報道しているではないか。 NHKの報道が信じられないというのであればこれは別問題だが。
この間の動きを見ていると、農薬を否定し無農薬農産物を求めている、ごく少数の低レベルの通称インテリ層の身勝手さの行動と似ているように思える。
 現実を直視し 明日に向かって生きる知恵を結集し、この際 原発賛成・反対派も含めて 恐ろしい原子力の力を借りて 近代的利便性に富んだ生活を享受してきた。
この現実は、ショウガナイことだ。
問題は、これからをどうするかだ。
 地震災害の真っただ中に住んでいるい者にとって、東京から報道は極めて身勝手だ。 現実を共有して明日を共に生きる気概を感じられい。
 NHKの報道が真実伝えているかを検証しても、今は何の意味もない。 この際 NHKの報道を公共放送と信じ、福島産、茨城産の農産物の原発による放射能レベルが当面 人体に影響ないというのであれば、少なくとも福島原発の電力を享受してきた首都圏に住んでいる人達は、風評被害をあおる行為をすることではない。 福島産・茨城産の農産物を 進んで食べる事で現実を共有し未来を語る事が人としての仁義ではないか。


2011/03/18


03/18のブログ

 昨日 朝 電気がつながり 家族で 久しぶりにテレビをみた。
 電気が来るまで ラジオで情報を得ていたが 原発の政府発表ばかり。 たしかに原発は、 大問題だが いくら情報を出してもらっても我々 素人はどうにもならない。 単に不安だけが膨らむだけだ。 原発の対策は、国家の威信をかけた専門家に委ねるしかない。 個人で出来る事は 非難することだけ。 しかし、非難するといっても、国土の狭い日本 何処に逃げればいいのか。 私のところは 福島原発まで70キロ余り。 最悪の場合 避難地域になるだろう。
 しかし、いまは あえて逃げずここの田んぼにとどまる覚悟だ。 狭い日本 どこに逃げても 殆ど同じ。 それよりも、来年の食糧確保をするため 田んぼ 稲を守る。
 汚染された コメを誰も食べないと言われるかもしれない。 原発が最悪の事態になっても、 この角田のたんぼは 人の食糧に供することが可能な 範囲に収まることを信じ祈るだけだ。 食糧基地の東北。太平洋沿岸の広い田んぼ、畑が壊滅状態になった。
 東京の人達が 食べるコメは 日本の何処で生産するのか。できるのか。 今は、だた一刻も早く福島原発が収まる事を祈るだけだ。 命がけで 原発の現場で処理作業をしている人に感謝するだけだ。たいへんなことですが頑張ってほしい。

   政府にお願いしたい。 宮城県はじめ太平洋沿岸各地を襲った大津波の被害は想像を絶する事態になっている。 被害の少なかった角田さえ、情報を発信できたのは 昨日 から。 津波の被害を受けた地域は いまだに情報を発信できずに 困っている小さな非難所がたくさんあるはずだ。
 原発問題と同じくらい 一刻もはやい対応を待っている人がたくさんいる。 とにかく ガソリンはじめ軽油など 燃料の確保を急いで欲しい。 農作業をする 軽油の確保も早くしてほしい。  稲が作付できなければ 来年の食べ物がなくなる。 稲は 一年に一度しか作れない。 今も大切だが 来年も生きなければならない。 食糧確保も忘れないでほしい。 稲作は すでに始まっているのだから。

11日午後3時少し前 今年の稲作の準備作業 種籾の塩水選を東京から帰ってきた長男等 家族でしていた。 ラジオを聞いていた。 緊急地震情報が流れる。
一瞬 試験放送か と思う。 その直後 大きな揺れ。 強い揺れだと感じたが 時間とともに揺れが収まるどころか 益々強くなる。
 今年84歳になる親父さんも 一緒に作業をしていたが気丈に振舞っていたが 危ないので長男に 親父さんを支えろ!と声を発する。 ラジオでは 大津波の警報を叫んでいる。
 直ぐに消防ポンプ小屋へ直行。 小型ポンプ車に乗り 警鐘を鳴らしながら地域内を巡回する。 方々も屋根瓦が落ちている。 主要道路は 道路が一部陥没しているだけで 大きな揺れのわりには 被害が少ないようだ。 ただ、阿武隈川から田んぼに水を引いているパイプラインが大きく破損している個所を 発見。 一瞬 これはヤバイと思う。 今年は 田んぼは作れないかもしれないとの不安もよぎる。 巡回しているあいだ いつの間にか辺りは暗くなっていた。
 暗い中 土地改良区の理事長宅を訪問し いち早い対応をお願いする。 理事長宅の 入口も大きく陥没していた。

昨日のブログに 次のようなメールをいただきました。

石原知事の一連の話を聞いていました。「天罰」という意味はこういう犠牲者を伴うことになってしまった、どこか堕落した政治やその上に胡坐を書いている人に対しての厳しい自戒の念をこめた発言ととりました。因みに私は彼のことを支持しているわけではありません。言いたかったのは皆誰もが被災している方と一緒に涙を流し、一様に大変なショックを受けているということです。

私も、発言の前後の脈絡かすれば当然なことだと思っています。 日本のこれからは、 もう少し落ち着いた時に、国の在り方も含めて 考えたいものです。

  ただ、首都移転に対し 真っ向から反対したのは 石原知事だったはず。 いつも 東京に行くと感じることは 全ては東京。  私たちの住んでいる角田も日本。 原発の災害で避難している福島も日本。
 東京だけが日本じゃない。 原発の電気は 誰が使っているのか。 これまで、田舎を犠牲にしてまで 文明の利便性をムサボッテきた東京。 そんなにまでして、何してんの? いつも思ってきた百姓でした


2011/03/17


03/17のブログ

 朝 電気がつながり 家族で 久しぶりにテレビをみた。
 電気が来るまで ラジオで情報を得ていたが 原発の政府発表ばかり。 たしかに原発は、 大問題だが いくら情報を出してもらっても我々 素人はどうにもならない。 単に不安だけが膨らむだけだ。
 原発の対策は、国家の威信をかけた専門家に委ねるしかない。 個人で出来る事は 避難することだけ。 しかし、避難するといっても、国土の狭い日本 何処に逃げればいいのか。 私のところは 福島原発まで70キロ余り。 最悪の場合 避難地域になるだろう。  しかし、いまは あえて逃げずここの田んぼにとどまる覚悟だ。
狭い日本 どこに逃げても 殆ど同じ。
それよりも、来年の食糧確保をするため 田んぼ 稲を守る。
 汚染された コメを誰も食べないと言われるかもしれない。 原発が最悪の事態になっても、 この角田のたんぼは 人の食糧に供することが可能な 範囲に収まることを信じ祈るだけだ。 食糧基地の東北。太平洋沿岸の広い田んぼ、畑が壊滅状態になった。
 東京の人達が 食べるコメは 日本の何処で生産するのか。できるのか。 今は、だた一刻も早く福島原発が収まる事を祈るだけだ。 命がけで 原発の現場で処理作業をしている人に感謝するだけだ。たいへんなことですが頑張ってほしい。

   政府にお願いしたい。 宮城県はじめ太平洋沿岸各地を襲った大津波の被害は想像を絶する事態になっている。 被害の少なかった角田さえ、情報を発信できたのは 昨日 から。 津波の被害を受けた地域は いまだに情報を発信できずに 困っている小さな非難所がたくさんあるはずだ。
 原発問題と同じくらい 一刻もはやい対応を待っている人がたくさんいる。 とにかく ガソリンはじめ軽油など 燃料の確保を急いで欲しい。 農作業をする 軽油の確保も早くしてほしい。


2011/03/16

 朝起きると 薄らと雪が積もる。 寒い日が続いている。

 水道の復帰はまだ見通しがない。

 毎日 給水車に頼る生活が続く。

 我が家では、幸い山間部の西根地区の友人宅が 豊富な湧水があるというので 約4Kの道のりを2日おきに貰いに行く。 出かけるのに車の燃料が気になり なかなか出かけられない日々が続く。


2011/03/14

 北郷小学校に角田市の給水車がやってくる。 多くの住民がやってくる。

 土地改良区緊急理事会 現状把握をすることが一番。

 役員で 現場視察を行う。

 県庁にいち早く相談すること。 パイプラインの破損状況を確認する為にいち早く試験通水することを決定する。


2011/03/13

 地震で、水道も電気も使えなくなる。 街のスーパーには、乾電池や食料品を求めて長蛇の列。 水道が使えなくなり、一番の心配事は火災発生。 毎日 消防団で小型ポンプ車で地域内を巡回する。 携帯電話が使えない ガソリンも残り少ない。もちろんインターネットもだめ。 外部との連絡が全く とれない。 情報は、ラジオだけ。 テレビは 見れない。

 消防団の幹部として 夕方 市役所の災害対策本部へいく。 災害対策本部も 混乱している。 テレビで 大津波の様子をみて 愕然とする。まるで映画でも見ているような惨事が映し出されているではないか。 とんでもない大災害になると直感する。 夕日がやけに 美しい。


2011/03/11

 稲の塩水選作業をはじめる。 午後2時46分。 ラジオから緊急地震速報が流れる。

 一瞬 試験放送かと思う。 その瞬間 物凄い揺れ。 それも長い時間。

 水洗いをしていた容器に溜めていた水が大きな水しぶきを上げこぼれる。 ラジオでは、大津波警報が流れる。

 今年84歳になる親父さんも 一緒に作業をしていたが気丈に振舞っていたが危ないので長男に 親父さんを支えろ!と声を発する。

 ラジオでは 大津波の警報を叫んでいる。  直ぐに消防ポンプ小屋へ直行。

 小型ポンプ車に乗り 警鐘を鳴らしながら地域内を巡回する。 方々も屋根瓦が落ちている。 主要道路は 道路が一部陥没しているだけで 大きな揺れのわりには 被害が少ないようだ。

 ただ、阿武隈川から田んぼに水を引いているパイプラインが大きく破損している個所を発見。 一瞬 これはヤバイと思う。

 今年は 田んぼは作れないかもしれないとの不安もよぎる。 巡回しているあいだ いつの間にか辺りは暗くなっていた。

 暗い中 土地改良区の理事長宅を訪問し いち早い対応をお願いする。

 理事長宅の 入口も大きく陥没していた。


2011/03/08

 朝起きると 薄らと雪化粧。 今年は、なかなか春が来ない。


2011/03/09

 長男が休みで帰ってきたので 床土の砕土作業を始める。 例年よりも遅い作業だ。


2011/03/08

 角田市アグリパソコン研究会(農業申告会)の申告日。 大河原税務所から 税理士さんを派遣してもらい 申告書をチェックしてもらいEタックスで 代理申告をする。

 今年で3年目。 事務局も準備も整い順調に作業が進む。