NO,99 田んぼ通信 平成14・12・14

 月日の経つのは本当に早いものですね。今年も、残すところ半月となりました。
11月末以来、天候不順で予定していた外の仕事は思うように進みません。しかも、10日には予定外の大雪(10センチ)となりました。これからの季節は、朝・夕凍ってきますのでなかなか乾きません。すべては、天候次第。カレンダー通りで仕事が出来る人が羨ましくなります。
 こんなに、天気が崩れるのであれば、天気が続いた11月中に育苗用の床土の確保を済ませておけば良かったのに・・。それでも、7割確保したので気分的には多少余裕ですが。百姓仕事をそれなりに長くしておりますと、お天道様とのお付き合いのほうが家庭サービスより優先してしまいます。世間様の理想的な父親像からすれば、落第でしょう。それでも、百姓仕事がどうしても優先です。天気次第で同じ仕事を済ませるのに、倍もある時は何倍もの時間を要することになります。しかも、そういう時に限って作物の生育は思わしくないのです。
 そんな、経験をイヤというほど体験しましたので、やるべき時には何をさておいても仕事優先です。それが、お天道様の下で生き物を扱う百姓の宿命だと思っています。
 それにしても、12月に入ってからの天候が悪すぎます。きょうも、小雪がちちらついてきました。なんとしても、育苗の床土だけは確保してからお正月を迎えたいものです。
 ところで、いま日本の米政策が大きく変わろうとしております。
 今月の3日に、新しい米政策改革大綱が決まりました。
 JAグループを中心に、それに対して不満の声があがっています。わたしは、今回の政府決定は、基本的に賛成です。確かに、たくさんの問題を抱えています。しかし、日本の米作りを健全なものにする為には、何時か通らなければならない道だと思っています。
 先日、角田市等が主催で、かくだの「食」と「農」をかんがえる緊急集会が開催されました。
提言者の一人として発言の機会がありました。私に与えられたテーマは、「理解と納得のいく米政策改革について」です。提言にあたり、果たして誰にとって「理解」と「納得」出来る米政策を語れ、と言っているのか。素朴な疑問が生まれました。
 これまでの、この様な農業者の集まりは「大会」と称してハチマキ姿が定番でありました。これでは明らかに、農業関係者にとって「理解と納得のいく米政策改革」を要求していたとしか思えません。これからは、国民の皆様に「理解」と「納得」のいく米政策改革を唱えることが必要であろう。それを実現する為に農業者は、なにを実現すべきかを真剣に考える時代になったのではないか。また、これまでの農政は「集落」「地域」といった抽象的な言葉を使いすぎたため、責任の所在を曖昧にした農政を繰り返してきたのではないか。このことが、今日まで巨額の資金を農業界に投資したにもかかわらず、日本の水田経営に夢を描く若い担い手が益々いなくなるというとんでもない現実が生まれた原因ではないか。これからは、農業を自分の責任として経営し、主語を持って経営を語る農業者を育成し、積極的に支援すべきではないか。という主旨の事を言わせてもらいました。
 さて、今年も大変お世話になりました。この田んぼ通信も、発行以来99号になりました。
新年号は、100号です。心機一転、旨い米作りの為にハリキッテ田んぼに通います。
 皆様 良いお年を!!


NO,98 田んぼ通信 平成14・11・14

 11月に入り冬が駆け足でやって来ました。9日夕方には、雪がちらつき10日朝には一面白くなりました。例年10月20日頃に小粒大豆の刈り取りが始まるのですが、今年は天候が悪く本格的に豆時刈が始まったのが28日からです。大豆を栽培した同じ圃場に直に大麦を蒔きます。大麦の播種適期は、10月下旬ですので一日も早く蒔き付けをしなければなりません。
 今年は、約10haの大豆の作付けですからそれを収穫して、麦の栽培予定面積約9haの播種作業。農作物には、栽培適期というものがあります。一年中、いつでも種蒔きしていつでも収穫できるのであれば苦労はしません。しかも、お天道様のご機嫌を伺いながらの作業です。作業期間が限られている農作業において、天気予報は最も大切な情報です。せめて、週間天気予報ぐらいはマトモに当たって欲しいのですが、科学が発達したというわりにはまだまだですよね。
 週間天気予報さえ当てにならないのですから、年間天気予報を当てにするのもどうかと思いますが、此れさえ分かれば百姓も楽なものなのですが。今年の稲作結果は、日本気象協会よりも地元諏訪神社の作占いの方が年間予報はあたりましたね(例年の事ですが)。作占い通り早生・中生は良かったのですが晩生は、六分作。大不作でした。
 このところの2週間は、寝る時間以外はトラクターか豆コンバインに乗っていたと言う感じで働きました。幸い天候に恵まれましたので、予定通りに麦の播種作業を終える事ができました。この時期は、日中の時間が極端に短くなります。朝も夜も作業用のライトを点けての作業が多くなります。特に、夜9時過ぎてからの作業は、時として寂しくなります。リストラされ働けない人が増えてきている事を考えれば、儲けは少なくても忙しい位に仕事があることは幸せな事だ。な〜んて妙に一人で納得しながらトラクターを運転。一年は、本当に早いですね。収穫が終ったと思ったら、来年に向けての農作業は始まりました。
 ところで、麦も生産調整です。国を挙げての国内農産物自給率向上を叫んでいるにもかかわらずです。麦の国内自給率は、ホンの数パーセント。その殆んどが輸入物です。それにもかかわらず麦も減反です。減反した田んぼに作った麦がコレマタ減反。それでは、減反した田んぼの減反した所に何を作ればいいのでしょうか?あらゆる農産物が輸入攻勢で価格は、下がりっぱなし。
 需要のミスマッチが原因のこと。国内の麦の市場価格は`15円前後。大麦一俵(50k)で約700円前後。仮に、10アール10俵収穫したとしても7000円前後。此れでは肥料代で消えてしまいます。現在、交付金と言う形で国から補助があり一俵5000円前後で買い入れされていますが。これも、交付金の削減でどうなることやら。いずれにしても、需要に見合った良質の麦を作らないと金にはならないことは、間違いなしです。
 10月末にショッキングなニュースが。JTの担当者から。JTとしてアグリ事業部を来年の6月をもって廃止するとのこと。3年前から将来を見越し、率先して仲間に声をかけ取り組んできた矢先の突然の事業撤退。日本たばこ産業。財務省が今でも多くの出資をしている企業。タバコ栽培で蓄積されてきた数々の農業栽培技術があるはず?それでも、アグリ事業(農業)は採算割れ。株式会社の農業参入問題?マトモな企業は農業参入、やらないでしょうね。


NO,97 田んぼ通信 平成14・10・14

 今月はじめに、久しぶりに農協支店のコメ検査に立ち会いました。東京の米屋さんに届けるコメの検査です。数年前までは、検査に合格すれば生産者としての役割は終りました。しかし、今は違います。コメの検査は、コメ生産者として製造者責任の証の一つに過ぎません。最終的には、おコメを食べていただく消費者の皆さんに満足(評価)していただいて私たちの仕事は、終わりになるはずです。以前はコメを評価するのは、食糧庁の職員つまり国家でしたが、今は消費者の皆さんに変わったということです。
 トワ言うものの食管制度のもとに、国に言われるままに田んぼに真面目に通い、一粒でも多くのコメをとることを生き甲斐としてきたのが私たち東北農民です。人の意識は、そう簡単に変わりません。
 自分の作ったコメを生産者が責任をとる。この当たり前の事ができないのです。まだまだ国に頼まれてコメ作りをしているのだとう意識があります。確かに人が生きる上での基本的な食糧を生産しているのだと自負することは、百姓として大切なことです。しかし、生産したコメに対する責任までを国に任せるのは、筋ちがいでしょう。(戦後の日本のコメ農政がそのような農民を育ててきたともいえますが。)しかし、生産現場の様子がこの一年で急速に変わってくるのを肌で感じます。米価の低迷もありますが、昭和40年代の食糧増産時代に、一生懸命に田んぼに通った先輩達がリタイヤはじめたからだと考えています。
 日本の米生産農家の多くは、兼業農家の人たちです。しかし、兼業稲作を支えてきたのは食糧増産に命をかけてきた先輩百姓の皆さんです。その先輩は、もう70歳を越えました。いま、日本のコメ生産構造政策の大転換時期を迎えています。心配なのは、農家の声を代弁してきた農協・JAが現実の姿を直視することなく旧食管制度の妄想にしがみつき自己改革を避け様していることです。言葉だけの消費者重視の米生産・・・。昨日の農業新聞の写真を見てビックリ! 宮城古川市農協が安全農産物生産推進大会を開いたとの事。な・なんと、生産者の皆さん旧態以前のハチマキ姿で勢揃い。生協の代表も挨拶したとか。どう思ったのでしょうかね。ハチマキ姿で消費者の皆さんと何をお話しするのでしょうか・・・・。
 ところで、10月6日に東京のNHKに行ってきました。NHK総合テレビ・19日(土)夜7時30分、20日(日)夜9時から放送。NHKスペシャル・21世紀日本の課題「どうする食の安全」録画収録の為です。今回は、討論の傍聴者数十人の一人ですからたいへん気楽に参加です。私の友人・東京練馬の野菜農家白石君がコーナーゲストとして発言します。番組の流れを見て一言ぐらい発言しようかなという気軽な気分で参加しました。収録は8時間にも及びました。座っているだけで疲れました。結局は発言の機会は2回。番組は、2回シリーズ2時間15分ですのでカットでしょうが、後方傍聴席の最前列いちばんハジが私です。姿ぐらいは映してくれるように頼んできたのでチョトだけは映るかも。番組で感じた事は、時代が大きく変わって来ているということです。
 いろんなことが議論されましたが、命にかかわる「食べ物の問題」は結局、作る人と食べる人の信頼関係をどう構築するかだとおもいます。私たちのコメの産直活動もそれに尽きると思います。
 責任の重さを痛感します。参加の感想は、HPの掲示板に少し書きました。是非 見てください。


NO,96 田んぼ通信 平成14・9・15

 お陰様で、今年も新米が出来ました。
 今年の新米は、旨いです!!
 9月12日に今年の作柄と稲刈時期を調べる為に30アールほど試験刈りをしました。品種は「ひとめぼれ」。コンバイン、乾燥機、モミスリ機など一連の収穫機械の調子みる為に毎年少し早めに始めます。乾燥作業は、コメ作りで最後の大切な仕事です。刈り取り前の田んぼでのモミの水分は、20%〜25%位あります。米は、優れた保存食です。しかし、米の水分が多いと品質が直ぐに悪くなります。食味と貯蔵性を考慮して出荷時の玄米水分は、16%以下にすることが定められています。食味を考えた場合、できるだけ玄米水分が高いほど旨い米に仕上がります。貯蔵性からすれば13%以下の低水分はほど優れます。この16%〜13%のこの僅か3%の水分調整の世界にも、日本のコメの情勢が微妙に反映されてきました。戦後の食糧難でコメの増産時代は、食味や貯蔵性等はさほど気にしませんでしたので多少水分が高かろうが検査は合格したそうです。しかし、昭和50年代に入りコメ余りの時代となり貯蔵性が問題視されるとコメの水分が厳しくチェックされるようになります。15%以下に抑えるように指導されるようになりました。
 平成になるとグルメの時代。旨いコメ、うれるコメが求められる時代です。今度は、15.5%の水分に仕上げる様に指導されます。
コメの水分から現在の世の中をみれば、理屈も分からず人間様の身勝手からくる無責任な水分調整がなされてる時代だと思えてなりません。 
 「手間をかけずに旨い物を食べたい。」
現在、「無洗米」がブームとか。コメをトガズニ直ぐに炊ける。しかも、美味しいコメに仕上がり、トギ汁が出ないから環境にやさしい、このふれこみに生協が乗っかったというからコレマタふしぎ?
 旨いものが食べたいが手間をかけるのはイヤだ。そういう人は、最初から毎日レストランで食事をする事をお勧めします。家族の健康を考えしかも美味しい物を食べさせたい。そのためには、手間かけて愛情を込めて料理する。これが基本でしょう。(私は、食べるだけの人なので偉そうな事は言えませんが) 無洗米は、美味しいか。 答えはNO。
 昨年から宮城県のパールライスの精米工場でも無洗米の設備を導入しました。昨年から生産現場に指示された水分目標は14.5%以下。これは、無洗米を製造する過程で水分を使用するので玄米水分をあらかじめ低くということらしいです。つい最近までは、美味しいおコメに仕上げる為に15.5%に水分調整を。しかも、燃料を余計に消費して乾燥をさせられてます。明らかにコスト高。
 スタート時点からして食味は無視。しかも、9月4日付けの日本農業新聞に「無洗米 鮮度低下目立つ。(国民生活センターが調査)」との記事。無洗米と普通精米の鮮度を比べると無洗米の鮮度低下が目立ったというのです。精米から10日後の鮮度を科学的に分析調査したところ、普通精米と比較して明らかに鮮度が落ちるという結果がでたそうです。精米後40日の比較では、無洗米は普通精米に比べ極端に鮮度が落ちたそうです。ところで、「無洗米は、トギ汁が出ないから環境にやさしい」このふれ込みに生協様が真っ先に惚れこんだというのです。コレマタ、おかしな話。
 物事は単独で成り立っているわけではありません。全ての現象が複雑に絡み合って現実があります。特に環境問題は一つの現象を捉えて論ずる事はできないはずです。無洗米のどこが環境にやさしいのでしょうか。  あの白いトギ汁が水質を汚染する。冗談じゃありません。自然の循環サイクルの中で有効微生物の大切な働きが分かってきました。
 トギ汁は、その有効微生物の良質な栄養源となるはずです。有機米や良質な堆肥を作る為の必需品。それは、米ぬかでしょう。人間が作りだした化学物質を工場から垂れ流しするのとは、問題の本質が違います。だいたい、無洗米の製造過程で余計なエネルギーを消費する事は明らかです。また、製造過程でもトギ汁と同じ物は出るはずです。それを、どのように処理するのでしょうか。家庭でおのおの責任で処理するか、工場で産廃として余計なエネルギーとコストをかけて処理するか。どちらがトータルとして環境にやさしいのですかね。
 環境問題に敏感なハズの生協さん。どこかピントがズレテませんか。
 製造過程で全く水分を使わず無洗米を作る方法も研究されているようですが、これも又問題。どうしても旨味がなくなるようですし、余計なエネルギーがかかります。いずれにして無洗米をご利用しているみなさん。製造月日をよく調べ早めに消費しないと鮮度がおちます。10日以内に食べましょう。  食べ物は鮮度が命。私たちは、余計な設備投資も出来ません。従来どうり注文を受けてから直ぐに精米したおコメをお届けいたします。お手数をおかけしますが、おコメを愛情コメてトイで下さい。美味しいコメを作る為に春先から手間ひまかけて育てたおコメです。本当に、おコメの味が分かる人に大切に食べて欲しいと願って最後の乾燥まで細心の注意を払って仕上げた「おこめ」です。
 昨日、今シーズン初めてのモミスリ作業をしました。
 ピカピカの玄米の出来上がりです。
 早速、夕ご飯に新米を炊きました。新米をいただく前に神棚にお供えします。
子供たちも、神棚に手を合わせおコメに感謝させます。これは、理屈抜きの毎年のイベント。
 それから、はじめて家族で「いただきま〜〜す」。
 一年間の角田の気候風土がギッシリ詰まった作品です。
 子供たちも、何杯もおかわりして新米を味わっていました。
 早速、皆様にお届けいたします。
 これから、稲刈の本番です。


NO,95 田んぼ通信 平成14・8・19

 残暑お見舞い申し上げます。
 今年は、久し振りの本格的な梅雨でした。おまけに台風までやってきました。その影響で 転作大豆の作付けが大幅に狂いました。少しの晴れ間を見ての種蒔き作業は、大変つらい ものがありました。やっとの思いで種蒔き作業を終えたものの長引く梅雨空。例年ですと 梅雨の晴れ間が数日間つづくのですが今年は晴れても一日だけ。大豆栽培は、雑草との戦 いです。種蒔き後一週間ぐらいで芽が出てきますが、それと同時に雑草も芽が出てきます。 雑草に負けないで一気に除草作業を進めなければなりません。
 中耕除草作業といって、ロータリーカルチという機械で畝間を耕し雑草を抑える作業をするのですが畑に入れないのです。たいへん焦りましたがどうにもなりません。一時は、ことしの大豆はダメだと諦めました。しかし、幸いにも先月23日の梅雨明け後、こんどは連日の真夏日。遅れ気味のイネの生育も回復し、必死の中耕作業でなんとか大豆も物になりそうです。  先日お盆の14から16日まで子供たちを連れて横浜に行ってきましたが、東京は暑いですよね。帰ってきて開口一番。涼し〜〜〜〜い。クーラーいらないね・・・とは子供達。 実は、我が家にはクーラーが一台もないのです。
 子供たちに、「東京は暑いし空気も悪い。家は涼しくて空気もいい。家が一番いいだろう」といったら、また東京へいきた〜〜〜い。・・・・・・でした。
 そうですよね、いつも思うのですがいくら東京がどうのこうのといっても、多くの人が集まっている現実。
 東京には、住みたいとは思いませんが多くの人を引きつける魅力。子供たちでないですが都会にはありますよね。これからは、益々都会と農村の交流が大切になるでしょう。
 ところで、みやぎは13日頃から急に涼しくなりました。この一週間は梅雨空のような天気がつづいています。世界的な異常気象のようです。先日もNHKでそのシステムの解説していました。人はいい加減な者で「咽もと過ぎれば・・・・」。数日間天気が悪くなると心配になり、晴天が続くと忘れてしまいます。それにしても、天気が変ですよね。 天候と農産物(食糧)の生産は、密接な関係があります。世界的異常気象となれば食糧生産も不安定になります。「食い物は大丈夫なの」と思うのが普通だと思うもですが、いかがなものでしょうか。チマタには食い物が溢れています。誰も本気でそんなこと心配していないように思えてなりません。それが証拠に農業生産現場の基盤は、どんどん弱くなっています。これまで、日本の農業・農村問題だけが論じられ、肝心の食糧生産体制の議論が少なかったように思えます。いったい誰が自分たちの食い物を、責任もって作ってくれるのですかね。そんなこと考える暇がない・・。不景気ですものね・・・。
 このところの天候不順で今年の稲刈りは、例年よりも少し遅れるかもしれません。


NO,94 田んぼ通信 平成14・7・15

 6月11日に梅雨入りして以来、毎日が梅雨空です。挙げ句の果てに7月11日から12日かけて台風6号までやって来ました。台風6号は、各地に大雨を降らせ角田でも10数年振りの大雨となりました。市内を貫通している阿武隈川も警戒水位を2m50cmも超える大水がでました。私の住んでいる集落は、角田市内でも低地に位置し昭和の初めまでは「カエルが小便しただけでも水が溜まる」とさえ言われた所です。いちめん萱が生い茂っていたといいます。現在は、立派な田んぼに生まれ変わりました。それを可能としたのは、現在の江尻排水機場の直ぐそばにポンプによる排水機関場が完成したからです。今から約80年前の昭和4年のことでした。当時は「東洋一」の規模を誇った排水機場だったといいます。そういえば小学校の遠足は、必ず江尻の機関場に連れて行かれたものです。現在の排水機場は、平成4年に農水省直轄の大プロジェクトの一環として総事業費約160億円・機場本体工事だけでも47億円の巨費を投じて完成したものです。年に数回しか動きませんので下の子供二人と妻を連れ立って江尻排水機場を見学させてもらいました。現在の排水機場の能力は凄いです。今回の大雨は、大被害をもたらした昭和61年8月5日の豪雨以来のものでした。しかし、排水機場の活躍で転作大豆には被害がでたものの最小限の被害だったといえます。今回は、角田市長の緊急要請で市街地優先の排水をしたとのことです。江尻排水機場は、農地保全ばかりではなく角田市民の生活を支える為に欠かせない存在であることを改めて実感させられました。
 日常の生活基盤を支えているものは何なのか。それを、次世代に確実に伝えていくささやかな努力。気付いた人が気付いたところから、行動を興す。その小さな積み重ねでしか世の中は、良くならないのではないか。そんな思いを改めて感じた1日でした。 梅雨の前半は、梅雨の晴れ間が続くのですが今年はそれがないのです。転作大麦の収穫までは良かったのですが、その後の大豆の作業が大幅に遅れました。この辺の畑は、一度耕した後雨が降るとなかなか乾きません。数日晴天が続かないと機械が入れなくなります。耕起したら直ぐに種蒔き作業まで終わらせないと、大幅に作業が遅れます。少しの面積だと良いのですが、耕作面積が多くなると作業のタイミングの判断がむずかしいのです。天気予報が当てになるといいのですが週間予報が毎日コロコロ変わるのです。これには、困った・・・。作業の計画がたたないのです。それでも、7月10日までは何としても播種作業を終わらせようと、やっとの思い終わらせたのですが今度は台風です。全体の何割かはまた、蒔き直しでしょう。また、台風がやってきております。いつ畑に入れるか分かりません。作柄がいい年は作業も楽で順調に進むのですが、作の悪い時は何倍も苦労した挙げ句、収穫も満足にいかないのです。これも、百姓の現実です。農業を始めて約30年、満足な年が少なかったように思えてなりません。それでも百姓を続ける。それが、農業かもしれません。
 田んぼでは、穂が芽生え育ってきました。これからの天候が今年の作柄を決めます。
 生育は幾分遅れているようです。早く、梅雨が明けることを祈っています。


NO,93 田んぼ通信 平成14・6・15

 東北地方も11日に梅雨に入りました。
 5月27日の雷雨以来、この2週間晴天続きで雨がまったく降りませんでした。一雨欲しくなっていたところですが、11日の夜に雨が降って以来、今度は今日まで毎日が梅雨空です。
この間の晴天のお陰で麦の収穫も無事終わりました。今年は、4日に麦刈りを始めました。例年より10日程早い刈り取りです。これほど早い麦刈りはこれまで経験ありません。11日に一回目の麦の出荷を行いましたが全量一等の格付けでした。近年になく品質の良い麦を収穫できました。(麦の格付けは、一等と二等までが合格でそれ以外は規格外となり政府の交付金の対象外となります。麦の価格の殆んどは政府からの補助金ですから、規格外となると大変です。例えば二等までになれば大麦で一俵・50キロで5千円以上しますが規格外となると千円以下です。)
 麦栽培の最大の敵は収穫直前の雨です。収穫直前に雨に当たるごとに品質が落ちるのです。
例年、梅雨の時期と麦の収穫が重なります。現在栽培しているのは、大麦のシュンライという品種です。本来ならばパンやうどんの原料になる小麦を栽培したいのですが、大麦と違い収穫時期が遅いのが欠点です。また、麦はたいへん発芽し易い作物です。その中でも小麦は大麦と比べすぐに発芽します。梅雨空が数日続くと圃場で発芽します。私たちの地方は、梅雨の前半は比較的晴天の日があるのですが後半になると梅雨前線の北上に伴い本格的な梅雨空が続くようになります。この時期と小麦の収穫がちょうど重なるのです。また、麦を刈り取って直ぐに同じ圃場に大豆を栽培します。その為には少しでも早く麦を収穫する必要があるのです。せめて大麦と同じ時期に収穫できる小麦の品種が開発されれば小麦の栽培が増えるでしょう。私も過去に一度だけ小麦を栽培したのですがその年は長雨にあい、著しく品質が低下して検査不合格、規格外で大減収になりました。それ以来、小麦栽培は止めました。
 ところで、先月末から今月初めにかけ私の親しい人たちが相次いで帰らぬ人となりました。
一人は、5月28日にトラクターの横転事故で下敷きになり亡くなってしまいました。私の後輩であり新しいコメの開発と流通システムの開拓に共に歩んできた友人です。
 H7年に食管制度がなくなり新食糧法のもとに現在コメはつくられています。市場原理のもとに自由にコメを作れるはずでした。しかし現実はまだまだ生産の自由はありません。農協を中心とした村社会によるコメの生産構造システムが新しい動きに対し無言の圧力となって大きく立ちはだかっています。この無言の圧力は、村社会の中でいき続ける者でないと想像できない程のおおきなものがあります。これを乗り越えるには、新しい時代に対する熱き思いそして夢とコメ作りの情熱がないと周りの軋轢に押しつぶされます。
 私は、新食糧法施行以前から十数名の仲間と共に新しい流通システムの開拓に取り組んできました。この事業を進めるに当り彼は、私の最も信頼する友人のひとりでした。志なかばで帰らぬ人となった彼の無念を思う時、込み上げてくる思いを抑える事が出来ません。プロの農業者でありながらトラクターの事故で命を落とすなんて・・・。この10年間苦労を共に分かち合い、かすかに新しい時代のコメ作りの世界が見えようとしている今。残念でなりません。彼の志を受け継ぎ、必ずや開かれたコメの世界を築きあげるまではと、決意を新たにしております。
 もう一人は、私の伯父です。南極観測船「宗谷」の第一回の乗組員として海上保安庁から選抜されその後4回にわたり南極大陸にいきました。小さい頃から未知の南極大陸の話をよく聞かされたものです。昨年、NHKの番組「プロジェクトX」で二回にわたり南極観測隊の話をしていましたが、当時としては国家的プロジェクトであり国の威信をかけての大事業であったことを改めて知りました。そういう事を本人は殆んど口にせず、保安庁勤務当時から休暇をとって田植えと稲刈りの時はいつも手伝いにきてくれました。私の心の支えでもありました。二人のご冥福を心から祈るだけです。     合掌。 


NO,92 田んぼ通信 平成14・5・13

 お陰様で、今年も無事に田植えを終了しました。今年の田植えは、これまでの百姓人生で経験したことのないくらい、暖かく晴天でしかも風もなく(一日だけありましたが)毎日が田植え日和でした。残雪の蔵王の山々を眺めての田植えは最高です! 田植え期間中の気温は本当に高く、田植え作業をしながら蔵王の残雪が日に日に消えていくのが実感できるほどでした。
 春先以来、雨も少なく冬に雪も少なかったことから水不足が心配されるほどです。阿武隈川の水位は、冬と同じ位に低下しています。連休過ぎてからのこの一週間は、曇りがちで気温の低い日が続いていますが心配ありません。すでに新しい根が伸び始めています。移植して新しい根が伸び始める事を「活着」と言いますが、この活着を無事に向かえる事が出来るかが稲作りの最初で最大のポイントといえます。作物を育てる上で「苗半作」とはよくいいます。今年は例外ですが気温の低い東北地方においては、この言葉のもつが意味が特に大切になります。少々の寒さにも負けないで移植して直ぐに活着する丈夫な苗を育てる。本当に、これができれば稲作りの半分以上終わったといえます。いくら田んぼがあっても、イネのない所にコメは出来ないのです。これは、実感です。
 さて今年の機械植えは、4月28日に始まり5月6日に終わったのですが、色々な縁で手植えでの田植え体験を2回ほど予定しています。一回目は、昨日終わりました。仙台の米ヶ袋の若殿ご一行30数名による田植えでした。面積は、10アールです。約2時間ほどで立派に田植えは終わりました。若殿には、「田んぼのぬくもりを忘れず、真面目に国政に取り組んで欲しい」と偉そうなことを云いました。後でよく考えてみれば、私は満足に手植えによる田植えをしたことがないのです。田植機械の開発の歴史はここ50年位で、しかも本格的な普及機が開発されたのは40年位前でしょう。私が高校に入学した当時であり、現在のように30センチ×60センチ・深さが3センチの箱で苗を育てる技術が開発されてからです。我が家では地域に先駆けその機械が開発されてすぐに導入しましたので、私が百姓を始めた時にはすでに田植機があったのです。開発当初は、現在のように乗用の田植機械ではなく歩行タイプで2条植えの田植機械でした。稲作農家にとって田植機械の開発は、待望の出来事だったのです。田植機が開発される以前は「苗ひき作業」と言いまして朝、暗いうちから苗代に行きその日に植える苗を持ち運び出来る位に束ねる作業をするのです。当時は、その作業なくして田植は出来なかったのです。いくらベテランの人でも一日に5アールから6アールうえるのが精一杯だったといいます。それが今では10アール植えるのに乗用6条田植機で15分から20分で終わります。一日に2ヘクタール以上植えますのでアット言う間に終わってしまいます。この辺の農家は一ヘクタールから2ヘクタールの耕作ですから一日から2日で田植は終わります。普段は静かな田んぼも、田植となる人が集まり数日間は活気に満ちた雰囲気になるのですが、今年はそれがなく何時の間にか田植が終わってしまいました。何となく寂しい気がします。機械作業に変わったこともありますが日本の稲作が置かれている現状を象徴しているように思えてなりません。久し振りの手植えによる田植。大人も子供も裸足になり田んぼに入る。いつの間にか近所の人も集まり先輩達は子供に田植の指導。たまには、手作業による田植は楽しいものです。転作田の大麦の生育も大分進んでいます。少しずつ色づき始めました。今月末には、麦秋を向え6月はじめには麦刈りです。また、今月末には大豆の種まきが始まります。今年は田植も順調でしたのでそれまでは、束の間の息抜きができそうです。  


NO,91 田んぼ通信 平成14・4・12

 4月8日は入学式。快晴。桜は満開。
我が家では、長男が地元の高校へ。次男が中学校へ。それぞれ入学しました。これまで、学校のことはすべて家内にまかせっきり。今回は日時が重なり二人で手分けして入学式に臨みました。私は、高校の入学式に出席しました。日頃、まだまだ幼いと思っていた我が家の長男。入学式ではキリリト引き締まった顔付きがチラリ。
 私の地方では、入学式に桜が満開(一部は散りかけていました)というのは、これまでなかったことです。今年は、季節が本当に早いです。転作田の麦畑も生育は極めて順調です。麦の穂も3センチ〜4センチに育っています。花粉が出来る減数分裂期という時期にまりなした。実りを良くする為に硫安の追肥を昨日始めましたが余りに生育がよいので追肥の量を大分控えました。
 さて、今年も本格的な稲作りが始まりました。4月1日に蒔いたイネは、順調に生育しています。最近、ホームページでたいへんお世話になっている近所の友人と話して改めて思ったことがあります。それは、まだ28回しかコメ作りをしていないということです。コメ作りは一年で一回しか出来ません。と云う事は、二十歳から農業を始めた私は、今年で29回目の稲作りです。百姓歴29年というとベテランと思いがちですが、まだ28回しか経験していないのです。しかも、毎年の天気が全て違います。
 コメ作りは毎年が一年生!しかも、この年一作のコメづくりに我が家の生活の殆どを委ねていると思うとおのずと気合が入ります。しかも、苗づくりは生命の芽生えを日々実感しての作業が続きます。一年で一番緊張し、祈るような気持ちの日々が続くのが今です。
 さて、前回JT本社に豊作祈願をする事を提案と書きましたが、今月18日に本社の課長さんも来ていただき地元の諏訪神社で豊作祈願をする事になりました。しかも、長野県の諏訪大社にも10日にお参りし、お神符とお神酒も用意したとの事。今年こそは・・・。との願いを込め仲間と共に豊作を誓おうと思っています。
 さて、3月15日より本格的にアップしました「みやぎ 角田発たんぼ通信」のHP版ご覧いただけましたか。8年前よりお世話になっている埼玉の皆さんやおコメをご愛顧いただいている皆様に、ご無沙汰ばかりしておりますので角田の様子を少しでもリアルタイムで報告したいとの思いで始めました。続けるという事は大変ですが、皆様の顔を思い浮かべて頑張りたいと思います。苗の様子は、出来るだけ丁寧にHPを通じてお知らせしたいと思います。
 今月の22日には、田んぼに水がはいります。それまでには、有機質中心の元肥の散布や排水口の手入れ、毎日の苗の管理など忙しい日々が続きます。田んぼに、水が入れば一気に代掻き作業、そして田植えと続きます。気を引き締めて農作業に取り掛かります。。


NO,90 田んぼ通信 平成14・3・12

 今年は、本当に暖かな冬でした。雪も殆んど降らず、しかも2月の降水量は記録的な少雨。これほど、冬が暖かいとどうしても夏の天気が心配になります。前にも紹介しましたが、気象庁の長期予報よりも遥かに当たるということで、今でも地元で根強い信仰がある地元・御諏訪神社の「つつがゆ」。(正月14日の夜、神殿においてその年の作柄を占うために行われる神事。神事の内容は公表されていません。その結果は、御札に書き記され公表され、今日でも作付けを決める際の大切な目安になっています。)
 それによれば、今年は、全般的には八十分で豊作と出ました。作物、品種別では麦とササニシキなど稲の中生は八分で良。早生とお日様は七分で並。しかし、豆と稲の晩生が下作とでました。確かに、いまのところ麦の生育は極めていいです。気になるのが稲の晩生の作柄が下作とでたことです。昨年からJTとはじめた胚芽米専用の品種がこの晩生に当たる米なのです。昨年は、天候に恵まれず思うような結果を出す事が出来ませんでした。今年こそは、意気込んでいますが「つつがゆ」が気になります。先日、栽培講習会で東京から来たJTの担当者にも話したのですが、神様から見放されたら今年も駄目だ!長野県でも栽培しているのなら長野に行った際に諏訪神社本家に祈願することと、お守りを持ってくること。其の上で、本社の課長にも角田にきていただいて御諏訪神社に豊作祈願をしてから今年の作付けを始めたい。東京の霞ヶ関にばかりいて稲の心配をしていても始まらないので、角田にぜひ来るように要請しました。
 今でも米つくりは、その殆んどを自然のお天道様に委ねていると云っていいでしょう。
 さて、三月も半ば。今年も、本格的な農作業が始まりました。種モミの準備作業です。
 また、田んぼの畦の修理。有機肥料の散布。そして、田んぼの小切り作業(砕土作業)。
 四月になれば、育苗作業。一気に忙しくなります。
 ところで、インターネット・ホームページ・「宮城・かくだ発・たんぼ通信」を開きました。実は、昨年から計画はしたものの、なかなか実行できず伸び伸びになっていました。キーボードの操作が満足に出来ないのに、ホームページの管理が出来る訳がない。管理の手間を考えただけでも、尻込みしてしまいます。しかし、毎月お米を食べていただいている皆様に、角田の百姓の心意気をより多く伝えたい。という思いから、心機一転正月からメールを始めました。そして、キーボードに少しでも慣れる事を最大の目標にこれまで、頑張ってきました。ホームページを立ち上げるにあたり、この間メールにお付き合いしていただいる友人には感謝・感謝です。
 これからが大変ですが、皆様の応援をお願いします。
 ホームページアドレスは  http://www1.ocn.ne.jp/~omokawa/  です。

 


NO,89 田んぼ通信 平成14・2・14

 先月、8日より21日まで二週間の日程でタイ・北部少数山岳民族ラフ族の村と、タイ東北部(イサーン地方)の村々を訪れてきました。今回訪れた村々は、10年以上に亘りお互いの自立のために交流・支援活動を続けているところです。 角田市には、「角田市アジアの農民と手をつなぐ会」という集まりがあります。専業農家を中心に活動を続けています。 「アジアの人達との交流を通じて角田の農民も共に自立した生き方を考えよう。」を合言葉に活動をしてきました。 発足以来10年以上の歴史があり、いまでは宮城県を代表するNGOと呼ばれるようになりました。 活動内容はいたって簡単明瞭。 好きなこと(やりたいこと)をやり、やれない事はやらない。 日常の百姓活動の範囲内で無理せず楽しくやる事。主に郵政省のボランテア貯金の交付を受けタイ農民の支援やJICA事業の手伝いをしています。
 私は、今回で7回目の訪問になります。これまでは、イサーン地方が主で、北タイは初めてでした。いわゆる、ゴールデントライアングル。麻薬栽培や取引で有名なところです。現在では、麻薬取り締まりの強化により大分少なくなったとはいえ、まだ密やかに栽培されていると云われています。
 3年振りの訪問でしたが、バンコクの街は以前に比べて随分落ち着いた印象を受けました。タイの国もバブルが弾け不景気だと聞きました。 以前は車の渋滞で有名だっ たバンコクも今では高速道路の整備も大幅に進み空港から中心市街地までスムーズいけるようになりました。不景気のせいでビルなどの建設現場が見られなかたのが、より落ち着いた印象を与えたのかもしれません。
 今回の訪問目的は、10年間の支援活動の総括と新たな支援活動(ミャンマーの少数山岳民族への支援。タイ・メーサイより国境を越えミャンマーへも行って来ました。)の可能性を探るためのものです。海外の支援活動はたいへん難しものがあります。10年間のプロジェクトで全ての事業が成功したわけではありません。しかし、角田から発信した多くの想いが遥かタイの国で確実に息づいている現場の数々を目のあたりにした時、込み上げてくる熱い思いと新たな闘志がわいてきました。
 タイ・イサーン この言葉は貧しさを象徴するものでした。この10年でタイの農村も大きく変わりました。主要道路は舗装工事も進み沿道には日本に引けを取らないコンビニ備え付けのガソリンスタンドがあります。10年前荒涼としたイサーンの大地も溜池の増加に伴い緑が確実に増えて来ました。近代化の波がタイの国の隅々まで押し寄せている様を実感しました。しかしながら、村の中に入ると10年前の生活のリズムがまだまだ残っています。 朝、未だ暗い3時半過ぎ、オン鶏の元気の良い泣き声が聞こえてきます。次に、寝室の直ぐ下で寝ていた牛が動き出します。 イサーンの村の朝は大変早いです。そして、10年前と同じゆったりとした時間だけが村を流れます。そこには、私達と同じ米を食べて生活している人々がいるのです。帰ってきて、1か月が過ぎようとしています。お世話になった村の人達の顔を思い浮かべるだけでも楽しくなります。改めてタイの農村を回った人がタイにハマルのが、分かるような気がします。
 さて、今年も米作りが始まりました。苗を育てる為の床土の準備作業が始まりました。土を2〜3ミリの粒子に揃える砕土作業です。この作業が始まるとこれまで鈍っていた体が一気に引き締まります。
 それにしても、今年の冬は暖か過ぎます。雪は全くありません。今年は、寒に大雨がふりました。私の地方では、寒に雨が降ると豊作だとも言われています。が、こうも暖かいと夏の天気が心配になります。


NO,88 田んぼ通信 平成14・1・6

あけましておめでとうございます
2002年1月1日 角田市は雪もなく大変穏やかな新年をむかえました。
正月元旦は、朝10時より恒例の行政区主催の新年会。2日は、朝7時30分集合で恒例の消防出初め式。恒例行事となれば時代が変わろうとも理屈抜きでやらなければなりません。俗に云う伝統行事です。とは云うものの20代の新しい団員の人達にとっては、なかなか理解しがたい事のようです。物事を長年に亘り伝えるということは、心意気ひとつ理屈ぬきで行動を起こす事に他ならないと思えてなりません。地域の行事であり大変ささやかな行事ですが一年にひとつやふたつ位は残しておきたいと思っています。
という訳で、毎年、ゆっくり正月気分に浸るという訳にはいきません。
私は、消防団歴24年。今で云うボランテア活動団体です。地域に災害が発生したときは何をさておいても 馳せ参じなければなりません。
辛い事もありますが、消防団員であることは少なからず誇りでも在ります。
消防出初め式でどんな事をするかを少し紹介します。
地域の行事でありそんなに大げさな事はしませんが、朝 集合のあと消防ポンプの点検を班長さんの号令の下におこないます。
昔の軍隊方式の号令でいまの若者には馴染みが薄く、滑稽に思えることがあしますが何事も演出が大切であります。これも、ひたすら伝統を守る為の演出だと思っています。いろいろ理屈は言いたくなりますが理屈は抜きです。其の後、手分けして各家庭に新年の挨拶と防火の呼びかけをします。また、前年に新築した家と改築した家に火伏せの意味を込め小型動力ポンプで放水します。私は毎年ポンプ係です。今年は5件在りました。この頃は、若い団員と連れ立って放水をたのしんでいます。おおきな声で「放水始め」と号令を掛けてから始めます。新年ですから何事も演出が大切です。
いつもの年ですと、放水した後すぐに凍ってくるのですが今年は手がかじかむことなく楽い終わることが出来ました。 それにしても、3日は雪がちらついたものの昨日は雨降り今のところ大変あたたかな新年です。
 毎年 11日は「農の始め」。 今年の種籾に飾った松飾を田んぼに送り、豊作を祈願します。これも我が家の恒例行事です。今年は、8日からここ10年来 交流・支援を続けているタイ北部ラフ族の村とタイ・イサーン地方(東北部)の村々を訪れる予定ですので親父さんにお願いしたいと思います。タイは3年振りの訪問ですが、全
てにおいて大きく変わろうとする今。日常の生活空間とは違った所から、これからの生き方を考える良い機会にしたいとおもっています。
 今年もいよいよ始まりました。稲作り百姓は、毎年一年生。 ことしこそは、もっともっと美味い米を作るために努力しますので宜しくお付き合いをお願いします。