NO,171 田んぼ通信 平成20・12・16

 師走も半ばを過ぎました。 今年も残すところ2週間あまり、時の経つのが本当に早いですね。
一日が アットいう間に過ぎてゆきます。 今年も、一年間お世話になりました。 おコメを通して田舎の思い、田んぼへの思いを伝えたい。そんな事を思いながら今年も田んぼ通信を綴ってきました。 それにしても、不況・不景気・解雇などの言葉が連日ニュースの話題になります。 百年に一度の大変革・激動の時代をむかえたことは確かなようです。
 ところで、今月13日・14日の二日間、角田市において実践総合農学会・第三回地方大会が開催されました。この学会は、専門分野の研究者だけに限らず、出来る限り多くの人々に参加してもらい、その英知を結集して複雑な農業・食料・環境問題の解決を目指すために発足しました。 東京農大を事務局とし、農水省の局長経験者の大先生方を中心に運営している新しい学会です。何故か、私も学会の理事の一人として参加させていただいています。
今回のシンポジウムのテーマは、「日本の水田農業の担い手・経営・技術・政策の未来を探る」
 私も、農水省生産局課長さん等5人のパネラーの一人として参加しました。
今回は、地元での報告。 嘘は通用しません。 本音で日頃の思いを伝えることを決意。百姓仕事も忙しい、原稿をまとめるにもままならない。それでも、東京農大の先生方のご協力を得て、パワーポイントで要旨をまとめることが出来ましたので気分は楽でした。しかし、報告そのものは、ブッツケ本番。最初の報告持ち時間は30分。 これまでの35年の百姓人生・米づくりの想いを語るには時間が足りませんでした。 それでも、角田の心意気だけは伝わったようです。 今回の発表の中で、特に訴えたのは二点。 ひとつは、農業の持つ社会的存在意義の本質を問え。 農業という産業の持つ社会的存在意義は、人間の生存に必要不可欠な「食糧」の安定供給が最大の使命ではないか。 日本農業の担い手や農業の多面的機能を論ずる前に「日本国民の食糧生産の担い手論」を語るべきではないか。 国は、日本国民の食糧生産の担い手を「誰」に担ってもらうのかを明確に示せ。 国内に担い手を求めるのか、海外に求めるのか。 その上で、10年後に国内自給率を50%までに引き上げるというのであれば、残りの半分を海外の「何処の誰に」に担ってもらうのか。 誰も問わない、幸せな?日本の現実。
人間の生存に関わる食糧は「国内自給率100%目標」は当然のこと。50%目標という曖昧な 目標では、生産現場には分かりにくく、国民も納得しないのではないか。
もう一点は、日本農業を健全発展させる為には、農業者の意識を変えるという前に、農水省をはじめとする農業関係指導機関の意識を変えろ! 農政の中で、教育問題・国土保全・環境問題など社会政策のすべてを担うことの限界。国民・消費者にも分かりやすい農林予算の構築が必要ではないか。 それらを踏まえて、現在の農水省は解体・改編すべきだ。
国民食糧の持続的安定供給に向け責任を持って担保する機関として名称を「農水省」から「食糧省」へ改編すべきだ。 なんてことを勝手に言わせてもらいました。今回のシンポジウムは、農水省幹部にも影響力を持つ大先生方の皆さんも揃っていましたので、面白い有意義な時間を過ごす事ができました。 二日目の討議は「自立と共生」が話題に。これは20年来の我が人生のテーマ。これからも答えを求めて百姓人生は続くでしょう。 それでは、良いお年をお迎えください。


NO,170 田んぼ通信 平成20・11・16

 今朝は、朝から小雨が降り続いています。 先月下旬以来の久し振りの雨です。
里山は、今が紅葉の真っ盛り。 紅葉した木々が、薄っすらと雨に煙り、しっとりとした色合いとあいまって、味わい深い風景が広がっています。
 先月下旬から始まった、大豆の収穫作業、その直後の大麦の種蒔き作業など、目の回るような農作業も、好天気に恵まれ順調に終わりました。 先月末に 播種した大麦は、芽が出揃い順調に育ち始めました。 忙しかった農作業も一段落し、ホッと一息ついている今日この頃です。 あまりの忙しさに、辺りの景色を楽しむ余裕などありませんでした。 転作田の9ヘクタールは、大豆と大麦を作付けしています。二毛作です。それぞれの収穫作業と種蒔き作業を、同時進行しなければなりません。 作物には 栽培適期というものがあります。特に、種蒔き作業は、適期に播種しなければ収穫量に大きく影響が出ます。しかも、人間がコントロール出来ない空の下での仕事。お天気様のご機嫌を伺いながら時間との勝負です。 時には、トラクターのライトを頼っての夜間作業が続きます。
 ところで、先月30日〜今月12日までパプアニューギニア、パラオ、サモア、ソロモンの四カ国の青年15名が農業研修にやってきました。この研修は、JICA(国際協力機構)平成20年度青年研修・大洋州混成農村開発プログラムの一環として来日したものです。JICAが各国から青年リーダーを招聘し、「角田市アジアの農民と手をつなぐ会」が国内農業研修業務委託を受け実施したものです。 
「角田市アジアの農民と手をつなぐ会」は、1993年から活動を始めタイ・イサーン地方の交流支援事業を中心に活動してきました。 メンバーの殆どが、市内の専業農家。 昨今の厳しさを増す農業情勢の中、必死に農業に従事している仲間達。しかも、中心メンバーは50代、それぞれ農業関係団体等の役員もしています。 ただでさえ忙しいのに、国際交流・支援活動を15年来、趣味?で続けてきた仲間達です。 これまでも、JICA農業研修を何回も受け入れてきました。 この間、世界40ヵ国余りから農業関係者が角田市を訪問しました。 海外研修員の受け入れは、手馴れたものです。しかし、今回は少し違います。農業研修期間の全ての業務を「手をつなぐ会」で受託したからです。昨年末に、話を受け6月に正式に受け入れ決定。 その後、プログラムの作成・予算などJICAとの詳細に亘る交渉を経て実施しました。  さて、JICAの事業運営システムも、ここ数年、大きく変わってきたようです。 一番感じることは、研修予算の大幅な削減。それに伴う、研修プログラム見直し。 以前からその必要性は、感じていました。 JICAそのものも、時代と共に大きく変わろうとしているのだと肌で感じます。 JICAの予算は、国民の税金です。有効に活用しながら、如何に国際貢献するか。今回のプログラムでは、東京に滞在するのは2日間あまり。来日中の殆どは、角田で過ごします。大洋州からやってきた研修員にとって、日本イコール角田です。 研修を終え、地球儀を眺めて思うこと。  随分遠くの国々からやってきたものだ・・・と。
今回やってきた大洋州諸国は、赤道を越えた遥か遠くの国々の青年達。普段は、全く意識しない国々です。 初めての日本。 太平洋戦争時代、我が家の伯父もその地で戦死しています。少しでも日本のファンになって欲しいという想いで、プログラムを組み実施しました。  研修最終日、市内の寺院・長泉寺で活動発表、評価会、並びに閉講式を行いました。 長泉寺は、2年以上の歳月をかけ、今年9月に再建されたばかり。現存する日本最高の宮大工・小川棟梁の手による建物で、京都・奈良の寺院を思わせる堂々たる建築です。 その書院をお借りして閉講式です。 JICA職員も、お寺さんでの閉講式は初めてとか。 帰国の日、研修員それぞれが笑顔で電車に乗り込む姿をみて、今回の研修の成功を確信しました。  JICAには、楽しい時間を創っていただき改めて感謝です。


NO,169 田んぼ通信 平成20・10・16

 今朝は、朝から快晴です。 稲刈りが終わり静かになった田んぼには、日の出と共に朝モヤが薄っすらと立ちこめ、墨絵のような景色が広がりました。
里の山々の紅葉は、もう少し先ですが、東北みやぎ角田にも本格的な秋がやってきました。  今年は、8月のお盆を過ぎた頃から天気が続きません。 順調に育ってきた稲も、日照不足と低温の影響で生育が遅れました。 稲刈りに入ってからも不順な天候が続き、例年になく収穫作業も遅れました。 先日、今年の作況指数が発表されました。 全国的には、豊作のようです。 唯一、わが宮城県だけが平年作を下回る作況になりました。 生育後半の天候不順が、大きく影響したようです。 全国的に作柄が悪ければそれなりに納得するのですが、唯一東北南部太平洋側、特に宮城県だけが悪いとなると話は違います。 年々 産地間競争が激しくなるお米の状況です。  お米は、一年に一度しか出来ません。 コメ専業農家として、生き残りをかけ、 お客様に「美味しい!」と言っていただけるおコメを作る為、昨年の秋から土作りに力を入れ、田んぼに通ってきました。 特に、肥料等は食味重視のこだわった資材を施しています。 しかしながら、お米になる大切な時期に、天候が大きく崩れてしまいました。 お天気さまのことは、人の力ではどうすることも出来ません。  お盆までは、最近になく豊作が期待できると手応えを感じていました。 その後の天候不順です。   悔しいです。  確かに収穫量は、少なめですし、乳白米も例年になく発生しました。幸い長年の土作り成果があって、自信を持ってお届けできる美味しいお米に仕上がりました。  おコメを通して 今年一年のお天道様の気持ちと、東北の秋の風味を楽しんでいただけると嬉しいです。
ところで、13日〜14日に東京の百貨店で、お米の販促キャンペーンに行って来ました。 10数年前から、米づくりに熱心な百姓仲間と共に「うまい米研究会」という組織を立ち上げ米づくりに励んできました。 また、角田市の担い手農業者の拠り所として角田市農業振興公社を立ち上げに参加し、「あぶくま農学校」という角田農産物の地域ブランドを確立する為の事業にも参加してきました。   10数年前から、お米の販売でお世話になっている お米館・山田屋本店さんのご配慮で、この秋から 恵比寿三越をはじめ首都圏の数箇所の百貨店で「あぶくま農学校の米」として新しいパッケージで、私たちのお米を販売することになりました。 この度の販促キャンペーンは、「あぶくま農学校ブランド」の新しいお米のパッケージが出来たのを機会に、新たな販路を開発しようということで上京したものです。今回は、下町北千住のマルイデパートでの販促です。
先ずは、ひっきりなしに来るお客さんにの数に、ビックリです。 
「イラッシャイマセ〜〜 米どころ宮城県角田市の美味しい新米ご利用下さい〜〜〜。 プロのお米づくりの百姓が 丹精こめて作ったあぶくま農学校の 美味しいお米をどうぞ ご利用ください〜」・・・・・・。  「イラッシャイマセ〜〜〜」の最初の一言が口に出ない。 俺達は、生活かかっているのだ、という想いと、生来のクソ度胸で夕方まで声を張り上げ、店頭に立ち続けました。 常に、田んぼの イネ相手の百姓が、生身のお客様、しかも、下町の江戸っ子母ちゃんを相手におコメを売る。 正直 ホントに疲れました。 お客様から声をかけていただき印象に残っている言葉。  「あら〜〜人の良さそうな人達だ、顔に出ているワ」この言葉を、どの様に受け止めたらいいか一瞬・・・・・。それから、「これから、農業の時代だよな」と一言いって立ち去ったお客様。  
世の中、激動の時代に突入したようです。 先日、取材に来た新聞記者さんが言っていました、「いま、歴史上稀に見る 大混乱の瞬間を生きている・・・」のだと。


NO,168 田んぼ通信 平成20・9・17

 稲刈りが始まりました。 春の種蒔き作業以来 不順な天候が来るたびに、稲を思い田んぼに通いました。 今年一年のお天道様の機嫌と我が家の想いがギッシリ詰まった、 新米をお届けいたします。
 15日から 本格的に稲刈り作業を始めました。  早速 新米を炊き上げ 家族で神棚にお供えし 無事に収穫できたことへの感謝をしました。  
 今年は、7月19日に梅雨明け宣言が出される等 前半は順調に育ち豊作の期待も高まりました。 しかし その後 梅雨空が戻り気象庁の梅雨明け宣言が 8月に修正される等 不順な天候の連続でした。 しかも、8月21日からは 最高気温18度前後という稲にとっては極めて厳しい温度が3日間続きました。 また、不順な天候が9月に入ってからも続き日照時間が平年の半分以下。 米粒が育つ大切な時期に天気が大きく崩れました。
 おコメをめぐる情勢は、厳しいものがあります。 それを乗り切るには、より一層 お客様に喜んでいただけるおコメを作ることだ。 と信じ例年よりも、 栽培方法や肥料等を吟味し豊穣の秋に期待を込めて田んぼに通いました。 豊作を予感したものの、仕上げの時期に天候不順。 最高のおコメができると期待した矢先の 極端な低温。
 心配しました。  どんなお米が出来るのか 期待と不安の混じった今年の稲刈りです。
 お天道様は、どうしようもありません。 最善の努力を心がけ田んぼに通いました。
お米の味は、自信を持ってお届けできます。 収穫の秋を 楽しんで下さい。 
 米粒の中に 少し白い米粒(乳白米といって、もち米ではありません)がありますが、美味しさには 全く関係ありません。 今年の夏の、お天道様からの贈り物だと思って味わって食べて下さい。  (最近は、おコメを精米する段階で この白い米粒を取り除く機械もありますが あまりにも高価でなかなか導入できません。) 

 今年の稲刈りは、後半の天候不順が影響し生育にバラツキが大きく、乾燥調整に時間がかかり収穫作業も長引きそうです。 無事に収穫が終わるまで、台風等がやって来ないことを祈るだけです。
 ところで、天候も不順ですが、世の中の情勢も激動の時代がやってきたようです。 いかなる世の中になろうとも、食糧なくして生きていけません。 
 日本人の食糧は、お米です。
そのお米を、安定して供給し続けるのが 米作 百姓の仕事です。 
そんな思いを、新にし今年の稲刈りをはじめました。 
 まずは、理屈はどうであれ 新米を心から味わって下さい!!!


NO,167 田んぼ通信 平成20・8・17

 残暑お見舞い申し上げます。
今年の梅雨は、空梅雨でした。 先月19日には、東北地方にも梅雨明け宣言が出されるなど今年の夏は、暑い夏を予感させるものでした。 それが、仙台を中心とする東北地方 南部太平洋地域は、梅雨明け宣言とともに本格的な梅雨に入ったかのような曇りがちの天気が続いています。気象庁の週間天気予報では、2〜3日後には連日晴れマークが続き暑くなるという、予報を何度も繰り返したものの、ことごとく外れ現在に至っています。 連日テレビニュース等で、関東地方以西の猛暑の話題が報じられていますが、宮城かくだ地方は、涼しい夏をすごしています。  幸い冷害を心配するほどに気温は下がらず、しかも適当に日差しもありましたので、過ごしやすく稲も順調に育っています。 
 田んぼでは、無事に花も咲き終わり、日増しに稲穂が首を重く垂れてきました。 穂が出始める頃になると、花の香りが地域全体に漂い始めます。 なんとなく青臭くチョッピリ甘さを含んだ匂いです。 豊作を予感する匂いです。 朝夕、空気がよどむ頃に特に感じます。 イネの花一つとっても匂いは感じませんので、永年、田んぼ地帯に住んでいる人でさえ、意識しないと感じない程のかすかな香りです。 それが今年は、特に強く匂いを感じました。集落全体にイネの花の香りが漂っているようにさえ思えました。 これまで順調に育ってきたことを物語っています。 イネは、亜熱帯地域育ちといっても猛暑続きではバテます。特に、穂が出る頃からお米が実る時期は、日中の日差しは大切ですが高温は必要としません。 最近の日照時間が少々足りない事が気になりますが、 久しぶりに豊作が期待できそうです。
 ところで、先月末に、東京に行く機会がありました。連日35度以上の猛暑日が続いていた時期です。 外気のもの凄い熱気に、一瞬息苦しさを感じました。 これでは、エアコンなしでは暮らせないと実感。 人が住んでいる建物の殆どにエアコンが備えつけられ、それぞれが熱気を外に放出し、ますます外気が上昇する。 なんたる悪循環を繰り返す街。
それが、東京なのだとの思いを強くしました。
 また、上京する度に感じること。それは、なんでこんなに人が集まっているのだ。 人々を引き付ける強烈な魅力があればこそ、人は都市を目指す。 田舎にいて、言葉として「東京」を否定する事は簡単だが、現実として都市に向かって人々は動く。 この現実から目を逸らしては、いつまで経っても角田は東京に勝てない。巨大都市「東京」の魅力とは何なのだ。 そんな思いで毎回上京します。
 たまに行く東京という街は、大好きです。しかし、私にとって暮らすところではないと感じます。 都会で暮らす人が、たまに田舎にきて田舎はいい所だという思いと同じかもしれません。  確かに都会の魅力の一つとして、「利便性」があるのではと考えます。
 人々が利便性を追求する結果として、地方から都市へ人口が集中する。その反動として地方の過疎化は、ますます進む。特定の都市だけが巨大化し、人口の比率とあいまって都会だけに、社会資本を集中させ、益々利便性を追及する生活空間を創りだそうともがいている。それが、今の東京ではないか。 高速道路や新幹線など高速交通網が整備され、インターネット等の情報網も格段に発達した現在。「地方」と「都市」という対立軸で考えるののではなく、 それぞれの生活の拠点で、より良い生活を創造するために互いの資源を如何に活用するかという視点で、新たな流れを創造する時期に来たのではないか・・・。という思いを更に強くした今回の上京でした。


NO,166 田んぼ通信 平成20・7・14

 我が家では、米の生産調整で耕作面積の約30パーセントを畑に転換しています。
面積は、9ヘクタールです。その畑を二毛作として 大麦と大豆を作付けします。
 例年6月中旬から7月初めにかけて、二毛作の大麦の収穫作業、その直後の大豆の種蒔き作業と目の回るような忙しい日々が続きます。 しかも、梅雨の時期です。 雨が降ったら農作業は出来ません。農作業の予定も大きく狂います。 毎年、お天道様のご機嫌を伺いながらの農作業が続きます。  今年の梅雨は、空梅雨です。 東北地方は、先月 19日に梅雨入りが発表されました。 その後、農作業に支障をきたす雨は殆ど降りません。おかげ様で農作業は、順調に進んでいます。今月はじめに、大麦を出荷ましたが全て一等。 質量ともに良い大麦を収穫することが出来ました。  麦刈直後の、大豆の種まき作業も無事おわりました。
 田んぼの稲は、稲穂が芽生えました。 稲は、穂が芽生えると姿がかわります。 これまで、横に大きく育っていたのが、縦に伸びてきます。 茎の根元付近には、真っ白な産毛に覆われた幼穂が5氓ルどに育っています。 これから20日間が、稲の一生で一番寒さに弱い時期です。 今年の稲作を決定する大切な時期をむかえます。 このまま梅雨が明け、無事に出穂を迎えることを祈っています。
 ところで、農業関係機関は、たくさんあります。その一つに 土地改良区という組織があります。 全国 田んぼがあるところには、水系ごとに組織されています。 田んぼ(農地)に関する 日常の用排水事業はもちろんの事、維持管理を一手に引き受けている組織です。稲を作っている農家にとって、田んぼは職場です。耕作面積の大小に関わらず、稲作農家は、田んぼの主(社長)であり、職場を維持発展させるために日々、田んぼに通っているのです。 
昨今の稲作を取り巻く環境からすれば、 田んぼ(職場)への関心は、極端に薄れてきております。 昨年来の超低米価、コスト大幅割れの中での稲作経営で、春になったら稲作放棄の田んぼが続出するのではとの心配する声がありました。それでも、春になれば種を蒔き、苗を育て家族総出の田植え作業。 その後の、我が子を育てるが如くの、日々の水管理作業。 多くの稲作農家が、個々の田んぼの主(社長)として田んぼに通っている姿があるのです。その結果として、今、例年通りの緑のジュータンを敷き詰めたかのよな見事な田園風景が広がっています。  企業活動では、到底考えられない経済活動が 日本の稲作経営の中で続けられています。 その田んぼを末端で、支えている組織が土地改良区です。 その役員改選がありました。役員の任期は4年です。今回、角田土地改良区の役員改選時期にあたり、理事として働く事になりました。  土地改良区の総代は、公職選挙法で選ばれます。土地改良区事業の性格上、土地改良区は、JA等の農業関係機関以上に公共性を有する農業関係機関として位置づけられているのです。 理事は、総代の皆さんによって選ばれます。土地改良区は、日本の稲作が若い担い手が育たず兼業、高齢者によって支えられている現状を反映してか、 保守的な考えが強く残っている組織であり、総代・役員も高齢者が多いのが現状です。
 普通の組織では、考えられないような総代・役員構成です。 今回は、農業情勢の激変に対応した、組織再編に伴う役員定数の大幅な削減の中での役員選挙となりました。世代交代と組織運営規程の不備による、前代未聞の大激戦の中での役員選挙となりました。 選挙は、大きな選挙も含めて 裏方としてたくさんの経験をしてきましたが、自分自身が審判を受けるということは、卒業以来 初めての経験でした。 選挙事は、その大小に関わらず厳しいものがあります。特に、日頃 生活環境を同じにし、お世話になっている先輩方から審判をいただくことの厳しさを身をもって体験させていただきました。 あまりにも身近な選挙な為、選挙後のしこりも残ります。終ってみれば、村の水田面積680ヘクタール、畑180ヘクタールの用排水及び維持管理を一手に管理する責任者の一人となり 責任の重さを痛感する日々です。


NO,165 田んぼ通信 平成20・6・15

  昨日(14日)。午前8時43分頃、岩手県内陸部を震源とするマグニチュード7.2という 大きな地震が発生しました。 宮城県北部を中心に震度6強という非常に強い揺れを観測しました。  幸い私の住んでいる角田市は、県南部です。大きく揺れましたが、周辺には目立った大きな被害はありませんでした。  
多くの皆様から ご心配のメールや電話などをいただきました。本当にありがとうございました。  今回の地震で大きな被害に遭遇しました、多くの皆様方に心からお見舞い申し上げます。 
 季節は、麦秋の時期を迎えています。  5月中旬以来、気温が低く曇りがちの天気が続いていました。 今年は、例年よりも早く梅雨入りするものだと思っていました。
毎年の事ですが、大麦の収穫には、雨が大敵です。 今年の麦の収穫は、大変だと心配 していました。  しかし、数日前より天気が一変し、爽やかな青空が広がりだしました。 週間天気予報を見ても傘マークが消えました。10日以来の好天候に恵まれ、予定よりも早く麦の収穫を終えることが出来ました。 順調に大麦の収穫を終え、二毛作の大豆の播種作業に入ったところです。 
今朝も、朝仕事から麦畑跡をトラクターで耕し、朝食を終え 再びトラクターに乗って畑へ向かう矢先でした。
 地鳴りと共に大きく揺れだしました。 作業場のシャッターが大きく音を立て、周辺の電柱や電線も激しく揺れました。 我が家は、小高い岩盤の上に建っています。過去に宮城県沖地震等 大きな地震を経験していますが殆ど被害は出ませんでした。
今回の地震でも、被害はありませんでしたので、そのままトラクターで大豆畑に仕事へ直行。 しかし、地震直後には携帯電話は使用できなくなり、これはただ事ではないと直感。
トラクターで仕事をしながら、ラジオから伝わる地震の被害状況から、震源地に近い県北部を中心とする地域に被害が広がっていることは、想像できました。 昼食をとる為に 家に帰ってテレビの映像を見てビックリです。 その被害の大きさに 改めて驚いています。   農業は、常に自然と向き合っての仕事です。
人間の力が とうてい及ばぬ自然の驚異を、肌で感じることが度々あります。 
おのずと自然に対し、畏敬の念をいだき 常に謙虚に生きなければならないと考えます。
 難しい理屈を考えるまでなく、自然の神様に 自ずと手を合わせます。
旧暦の5月節句。今年は、今月の8日でした。 7日は、宵節句。 毎年、菖蒲とヨモギを軒先に飾ります。夜は、菖蒲湯に入ります。 昔から、蒸し暑い季節を迎えるにあたり、邪気を払うということで行われてきた行事です。 この行事は、辺りでは見かなくなりました。 それでも、我が家では 毎年つづけています。 また、1月の 農のはじめ。 田植えが終わってから、 早苗を神棚に供えし豊作を祈願する。 新米を収穫したなら 神棚にお供えし感謝する。  本当にささやかな行事ですが、季節の節目を肌で感じるためには、大切なことだと信じています。 時代がどの様に変わろうとも、世間が止め様とも、私が百姓を続けているうちは続けたいと思っています。 
そんな事を、改めて感じさせられた 今回の大地震でした。


NO,164 田んぼ通信 平成20・5・15

 今年も無事、田植えが終わりました。 3月中旬から種籾の準備を始めてから田植えが終わるまでの2ヶ月。「稲作りは、毎年一年生」と言われるように 稲作りで最も緊張する時期を過ごし、いまホッと一息ついています。
おコメを作るには、田んぼに稲を植えなければなりません。 当たり前のことです。この当たり前の事を延々と続けて、私たち日本人が生きてきたのだと思うと感慨深いものがあります。
 毎年、田植えは、大型連休の時期と重なります。  今年もこの連休を利用して、東京方面や近隣の親戚が応援にやってきました。 田植え作業は、昔と比べ機械化され楽になったというものの 多くの人手がいります。  苗を植えつける作業は、田植え機械でしますので人手は要りません。 現在の田植え機械は、素晴らしい能力を持っています。一日 3ヘクタールを植えることが可能です。 しかし、その能力を最大限に生かすためには、苗を効率よく機械に続けることが必要です。3ヘクタールを植えるには、育苗箱で600枚程の苗を使います。 育苗ハウスから苗を運ぶ人。 植え終わった 育苗箱を洗い片付ける人など補助的仕事がたくさんあります。今年も連休中、子供も含めると20名を超す人が集まりました。 一年で最も賑やかな時期です。 
 毎年、多くの人が集まる、この時期に出来るだけ作業を進めるようにします。
今年は、風が強く吹いた日があったものの 田植え期間中、気温が高く穏やかな日が続きました。 例年になく順調な田植えをすることができました。 
 さて、今年の田植えは、自分自身の歳を強烈に感じました。 我が家は、4人の子供がいます。 長男は、東京農大。 次男は、この春から地元の大学に通うようになりました。 その二人が、積極的に田植え手伝いをしてくれました。  日頃、農作業や組織活動で忙しく、子供にはあまり関わらない生活をしています。家族からは、自分のことしか 考えない親父だと愚痴られる始末です。 それが、田んぼで働く我が息子達を見て、いつの間にか 逞しくなったものだと驚きにも似た思いをしました。  そういえば、自分も今年で55歳。同級生の子供は、殆どが働きだしているので 子供が働く事は、なにも驚く事ではないのですが。  自分にとって子供は まだまだ子供で ましてや積極的に農作業を手伝う事などは、想像もしていなかったことでした。 いつの間に大きくなったものだと 一人で感心した今年の田植えでした。 ますます、頑張らなくちゃ・・・・。
 ところで、先日 東京の米屋さんと話しして驚きました。 いま、東京の米卸しに米の在庫がないという。 卸し価格が急騰しているという。 政府で保管している政府米の放出をまっているというのです。   昨年秋には、生産過剰を口実に生産コスト無視の米価の暴落。 現在 日本国には コメが有り余っているはず。それが、米が無い。 
うそだべ〜〜〜〜。と思わず言ってしまいました。
そいえば、数日前にも、福島の集荷業者から 米を売ってくれと言う電話がありました。  
  日頃 生産現場に立ち、生産構造が激変している様を目の当たりにしている者として 日本のコメは、こんなことで本当に大丈夫なのか。と真面目に心配しています。
 何処か おかしな世の中です。天下国家のことは、誰しもが口にするものの、誰も責任をとらない無責任な世の中。  日本国の食糧問題を心配してもしょうがないことです。   私のやれること、それは 私のおコメを食べていただいている人に 間違いなくおコメを届け続けること。 それが私の最大の責任であり、仕事です。


NO,163 田んぼ通信 平成20・4・15

 今朝は、雲ひとつない快晴。 西にそびえる蔵王の山々の頂には、真っ白な残雪。麦畑は、日増しに緑を濃くし、辺りの山々には新しい命が芽生えてきました。
 今、桜が満開です。今年の桜は、色が濃くきれいです。
 東北みやぎ角田にも、春がやってきました。 まさに春本番です。
「春に3日の晴れ間なし」という言葉があるそうですが、今月に入り天気が続きません。しかも花冷えの寒い天気が続いています。
 今年も苗づくりが始まり、本格的な稲作がスタートしました。毎年の事ですが、暦に従って農作業が進みます。作業内容は、殆ど同じですが「毎年が一年生」です。 育苗期は、特に神経を使います。3月中旬の種籾の塩水選作業に始まり、その後、発芽を促す為の水漬け作業、発芽をそろえる為の催芽作業。 催芽をすると真っ白な芽が動きだします。新しい命の息吹を確かめてから、種蒔き作業に入ります。6回に分けて種蒔き作業を行います。種蒔き真っ最中です。 
 稲は、生き物です。毎年の天気が違うように、育ち方も微妙にちがいます。 
育苗ハウスでは、3日に種蒔きした苗が順調に育ちはじめました。 一枚目の本葉が出揃ました。ハウス内は、緑のジュウタンを敷き詰めたようです。 朝、葉先に出来る無数の水滴は、健康の証。 毎朝、水滴の状態を確認しながら苗作りを進めます。
 ところで、先日の日曜日。集落内の共同作業がありました。 用水路の手入れをする「江払い作業」です。田んぼで稲を育てる為には、水が不可欠です。地域内の田んぼは、用水路でつながっています。 昔から、田んぼを耕作している集落全員で、用水路を共同で維持管理してきました。 今の用水路は、コンクリートで出来ていますので手入れが楽になったというものの、広い田んぼです。 共同作業が不可欠です。 しかし、最近、田んぼを耕作しない農家が増えてきました。 田んぼを所有するものの、耕作を委託する農家が多くなってきました。 それでも私の集落では、耕作しなくなっても田んぼを所有している農家全員で江払い作業を行います。 いつまで続くか分かりませんが、ありがたいことです。  世間話をしながらの共同作業です。 いろんな情報交換の場にもなります。
先輩方から、昔の稲作りも話題になります。  そんなかで、なるほど?と思った事があります。 「以前 ある首相が 貧乏人は麦を食え。と言ったそうだが、今は違う。 貧乏人は 米 を食え と言うのが今の時代なのだ」というのです。
この春 全ての食料品が値上げされています。唯一 国内農産物、特に米は、低価格のままです。 そんなご時世を反映しての話だろうと思います。 一緒に作業していた70歳半ばの先輩曰く。 働き盛りの昭和30年代当時、土方仕事など日雇い労賃は、300円から400円だった。 子供に与える 粉ミルク一缶の値段が800円。2日から3日稼がないとミルクが買えなかった。当時の米の値段一俵(60k)4,000円だった。10日で、米一俵の稼ぎ。 正しく米は、高価な食べ物だったという。その頃、田んぼ一町(一ヘクタール・地域の平均耕作面積)あれば、家族が生活できた。 それが、今では10町(10ヘクタール)耕作していても農家だけでは生活できない世の中。 こんなに米が安くなるとは思わなかった。 
 そんな話題に、花を咲かせての江払い作業でした。


NO,162 田んぼ通信 平成20・3・16

 ここ数日、気温が上がり春らしくなりました。 気温の上昇と共に、本格的な農作業が始まります。 9日には、種籾の塩水選作業、昨日は、種籾の消毒作業。 
今年も、いよいよ苗作り作業の始まりです。
 塩水選作業は、塩水の比重を利用して充実した良い種籾を得るための大切な作業です。
比重1.13の塩水を準備し、これに種籾を投入しかき混ぜ、籾についた気泡を取り除き、浮いた籾をすくい取り、沈んだ籾を水洗いして塩分を取り除き種籾にします。
正確な比重の塩水を作るには比重計を利用すればいいのですが、普通の農家では、比重計を準備していませんし面倒です。そこで、一つの目安として生卵を利用する方法があります。生卵を浮かべて、卵の表面が10円玉ぐらいに浮かぶ程度に塩の量を調整するという方法です。 この方法だと、計量器具は一切必要としませんので便利です。この方法が普及し始めたのは、私が農業を始めた30数年前で計量器具がまだまだ普及していなかった時代だと思います。最近は、便利な計量器が普及しましたので計量器で塩の量をはかって作っています。それでも、塩水の比重を自分の目で確かめる上でも、生卵を浮かべる方法は捨てがたく、今年も卵を浮かべてから塩水作業に入りました。 稲作は、一年に一回しか出来ません。失敗は許されません。基本的技術は、ひとつひとつ自分の体で確かめて作業を進めています。 時代が如何に変わろうとも、基本を無視した米づくりは存在出来ないと考えます。 それにしても、昨今のおコメを軽視する風潮は、あきれ果てるばかりです。そのことが、稲作の生産現場にも及んでいる事を危惧しています。
 ところで、3月に入ると年度替りの時期を向かえ、各種団体の総会の時期をむかえます。
やたらと会合が多くなる時期です。 今日も集落内の行政区総会、契約会の総会がありました。集落契約会は、不幸や災害が発生した時の相互扶助組織として昔から伝統的に機能している組織です。 一昔前までは、厳然たる規約の下に運営されてきました。 総会には、正装で参加し時間厳守など、礼儀作法や集落内の秩序を維持するため厳しい運営をしてきたと聞いています。 考えてみると 厳しかった昔の暮らしの中、集落全員で生き残る為の知恵だったのでしょう。最近では、時代の流れと共に契約会の運営も様変わりしました。 契約会の主な仕事は、葬儀の一切を取り仕切り埋葬する事です。 その葬儀も、自宅で葬儀をしていましたが、最近は葬祭会館で行うことが当たり前になりました。 おのずと契約会の役割も変化してきます。 契約会主導の葬儀から会館主導の葬儀へと変わってきました。今日の総会にも、従来からの運営について見直す事が話題になりました。
 当集落は、全員が仏教徒であります。 葬儀のやり方も、ひとつひとつ昔から伝えられてきました。 現代社会の合理的な思考では、理解しがたい習わしがまだまだ残っています。今日の集まりでも、ある事柄を見直そうという話が出ました。しかし、不合理に見えても、儀式としてそれなりの理屈があって伝えられてきたものもあるはず。集落内で生きていくうえで、全てが合理的な考え方で良いという事でないはずだ。 少しは、現代社会において不合理と思われることでも、後世に伝える事も必要だ。という結論になりました。
欧米の合理的な考え方だけが、生きていくための知恵ではない。 昔から伝わる、習わしには、それなりの先人達の知恵が凝縮されているのではないか。そんな事を、思い返す今年の契約会総会でした。


NO,161 田んぼ通信 平成20・2・14

 立春も過ぎ、春の光が眩しく感じられます。光は、いち早く春を運んできますが、外気はまだまだ肌を刺す寒さが続いています。
 東北というと雪国をイメージする人が多いようです。しかし、同じ東北でも南部太平洋側に位置する角田市は、殆ど雪が積もりません。
2月7日は、旧暦の正月。当地方では、昔から旧正月になると雪が降るといわれてきました。ここ数日 雪模様の天気が続いています。 今年は、東京はじめ西日本各地でも積雪の便りが届きます。 西日本でも雪が積もったのだから、東北かくだは雪国、さぞかし大雪で大変だろうというお気遣いの便りをいただきます。 
先日も天気予報では、大雪の注意報が出たものの 10センチ程度の積雪、しかも春の湿った雪。翌日には、融けてしまいました。 「いま、周辺の田んぼには殆ど雪はありません」という返事をすると信じられないという想いがうかがえます。 情報網が発達した現代社会でも、思い込みで物事を判断する事が多いのだとあらためて感じます。
 ところで、1月末に発覚した中国産冷凍ギョウザ問題。 未だに解決のメドが見えてきません。 今回の問題は、同じ「命」に関わる食べ物の生産者の一人として 大いに関心を持って その推移を見守っています。
 どう考えても、事件が長引けば長引くほど 日中双方の関係者にとっては不利になり、特にオリンピックを控えている中国にとっては不利になる。 あらゆる情報操作を駆使しても事件の早期解決を図るはず。そのためには、どんな手段を講じるのだろうか。興味津々の毎日。
最近の報道される状況証拠からすれば中国側が製造に携わった従業員を摘発して一件落着か。と思っていました。ところが昨夜から今朝の報道をみてビックリ。 中国政府高官発表は、中国での製造過程における過失は 限りなくないという。 なんたる、中国の強かさ。
この発表を聞いて直感した事。 「中国にとって日本は、大切な「お客様」ではないのだ」
野菜をはじめ多くの農産品を中国に委ねているオヒトヨシの日本人の感覚からすれば、「こんなに多くの農産品を買ってあげているのだから、それなりの誠実な対応があるはず」これは単なる思い込みということか。 今回の中国の対応は、日本に食べ物を売ってやっているだけだ、いつでも取引を止めてもいいのだというサインを示されたものだと思えるのです。 もう少し勝手に想像すれば、「中国の食料事情は、食料品の輸出を真剣に考える程余裕はない。国内の食料を如何に確保するかで精一杯、それほど中国の食料事情及び都市と農村の格差問題は逼迫しているのだ」という事を中国政府自ら明らかにしたといえます。
 農作物は、生き物。 一般工業製品と違って、人の手や思いに委ねる部分が圧倒的に多いのです。食料を輸入するという事は、その国の人々の思いも一緒に輸入するということです。
 アジアに対する偏見をも払拭できず、 アジアの農民を食べ物を生み出すロボットの如く扱い、「食べ物生産」だけを委ねることは、許されないでしょう。何処の国の人も、家族の生活の為に懸命に働いているということ。しかも、コストに見合った 農産物しか生産できないこと。 安ければ安いなりの 製品が出来ること。札束だけを食っては、命を育む事は出来ないこと。命を守るには、コストがかかること。 このような、当たり前の事が無視される薄っぺらな社会。 今後も、食料を海外に委ねるのであれば、食料の輸入額以上に国際協力事業など国際貢献を進めないと 他国の貴重な命はいただけないのだと思えてならないのです。


NO,160  田んぼ通信 平成20・1・16

 寒中お見舞い申し上げます。
今年も小正月を迎えました。我が家の茶の間等には、小正月の行事、団子さしの木が華やかに飾られ一足早く春を告げています。 この団子さしは、山から山桑等を取ってきて、その枝に赤、白、緑の団子や せんべい等で出来た小判や大黒様等の縁起物のお飾りを飾るものです。 稲穂やまゆ玉を 意味するとも言われ それを華やかに飾る事で豊作を祈願するのだといわれています。
 14日には、しめ縄等の 正月飾りを集落内の境内に持ち寄り ご祈祷した後、火を入れてお正月様を送るドント祭が行われました。 その火に当たると病気にならないのだといわれています。 昔から伝わる ささやかな行事ですが年はじめの恒例行事として毎年 続けられています。 
 ところで、我が家は専業農家。年はじめの行事して欠かせないのが、11日の「農のはじめ」です。 早朝 昔 苗代に使っていた田んぼに、種もみに飾っていた正月のオガン松を下ろし、田おこし鍬と藁イッパを持っていきます。 田おこし鍬で数回田んぼを耕し そこに藁を横にしオガンマツを飾ります。 両手を合わせて 今年の農作業の安全と豊作を祈願します。 これが終わると、本格的な農作業が始まるのです。
 昔は、どこの家でもしていましたが 殆ど見かけなくなりました。 周りがどうであろうとも、我が家は田んぼをつくっているかぎり 欠かせない行事です。
 今年の 農のはじめは 地球温暖化を実感するものでした。 これまでも、暖かな冬はありましたが1月中旬頃は、一年で一番寒い時期です。 田んぼの土は、カチンカチンに凍みているものです。 それが、今年は薄っすらと霜が降りた程度です。田おこし鍬で耕しても、まったく凍みていません。 こんな事は、初めてです。 
 新年早々マスコミ等では、地球温暖化に関する番組や記事を多く目にします。 
 経済の枠組みを 根本的に改める時期に来ているようです。 誰が、どのように行動するか。興すのか。 それが、問題です。  
 遅れましたが 今年の年賀状です。 今年もお世話になります。
 あけましておめでとうございます
 旧年中はたいへんお世話になりました。角田は、雪のない暖かな新年を迎えました。
私にとって、34回目の米づくりの挑戦です。  米づくりは、毎年 一年生。
 新年にあたり、想いは夏の天候へ。地球温暖化が叫ばれ、それに伴う異常気象が頻発する昨今の気候。 お天道さまは、気まぐれです また、コメをめぐる情勢も「激動」「激変」。先送りしてきた問題が、一気に表に出てきまた。 全ての面で、最悪の状態を予想して、確実に「行動」する事を求められています。情勢が如何に変わろうとも、今やるべきことはただひとつ。「田んぼに 真面目に通うこと。」30数年間の田んぼへの想いを、将来に向けて確実に形に創ります。小さなものからひとつづつ。  「だだわらすこ」 と呼ばれて30数年。今年もホームページで百姓の日常を発信します。 
           2008年 元旦