NO,243 田んぼ通信 平成26・12・15

  師走となりました。 歳を重ねるごとに月日の過ぎるのが早く感じます。特に、この一年あっと言う間に過ぎ去ったという感じです。今年も無事にお米を届けることが出来ました。 米をめぐる情勢が激変する中にあって、永年にわたりお米を届けできますことは、大変ありがたいことだと感謝いたします。 さて、今月に入り厳しい寒波と共に 全国的に大雪による災害が報道されています。四国、徳島県で大雪によって孤立した集落が発生したというニュースには驚きました。 宮城県でも県北の山沿い地域で、この時期としては記録的な大雪となったところがあります。幸い、角田はまだ雪は積もっていませんが、昨日の最低気温はマイナス5度、今朝もマイナス4.5度と師走に入り厳しい寒さが続いています。 ここ角田は、年内中は雪が積もるということは殆どありませんがこれから本格的な冬を迎えます。油断はできません。雪が積もると外の仕事は出来なくなります。 来年に向けて米作りは始まっています。 田起し作業や来春の苗作りに使う床土の準備など、雪が降る前にやるべき仕事が残っています。毎年の事ですが、大晦まで慌ただしい日々を過ごすことになりそうです。  ところで、防災士という制度があります。この度、防災士養成研修講座に参加する機会がありました。 角田市が主催の研修講座です。
その研修講座が昨日おわりました。私の集落では、数年前に自主防災組織が結成されました。その役員をしている関係で、行政区長からの話もあり受講する事にしました。気軽に引き受けたものの、講座の目的は、防災士資格を取得する事です。 役所からいただいた受講資料一式をみてこれまたビックリ。 300ページに及ぶ分厚い防災士教本。また、朝8時半から夜7時まで 二日間に及ぶ研修講座を受講する事。しかも、講座を受講するまで、31講目からなる防災士教本をもとに、穴埋め式の履修確認レポートを作成すること。これがまた大変。一日2時間程度で約10日間かかる分量と案内書にありましたが、やってみて結構時間がかかります。
また、地元消防署等で行う「普通救命講座」を受講しなければなりません。研修講座終了後には、防災士資格試験が行われます。試験と聞くと自ずと緊張します。 ということで12月に入ってから昨日まで、仕事の合間をぬって教本に取組み、何十年ぶりに二日間に亘る座学を経験しました。いまさら資格等には興味はありませんが、最近度重なる災害をみるにつけ、基本的な知識だけは確認したいとの思いもありました。正直、 毎日が田んぼ仕事など体を使っている身にとって、二日間に亘る座学形式の講義はたいへんでした。しかも、言葉がなかなか頭に入りません。それでも、講師の先生方の話や教本に書いている事は実践に基づいたもので、あらためて勉強になることがたくさんありました。防災士の基本理念として、自助・共助・協働があるといわれます。また、防災士として、災害発生時に真っ先に求められることは、自らの命を最優先に守ること。防災の第一義は、「人を災害で死なせないこと」であり、これから求められる防災は「人が死なない防災」だ。そのために最も必要な事は「想定にとらわれず」「最善を尽くし」「率先避難者になる」という自主的・積極的な避難行動を実行する。 災害が発生し避難所の問題や復旧・復興に関する問題は、「生き残った人のための防災」であり すべては命があってはじめて役に立つ事である。防災士としては、何が何でも自分の命を率先して守ることだというのです。 
なるほど、なるほど 良い勉強になりました。 ところで、総選挙が終わりました。結果に関してはそれぞれの立場でいろんな受け止め方があるでしょう。 問題は、これからどう生きるかです。そのためには、この現実を真正面から受け止めることからはじめます。今回の投票率からみて決して民意を反映したものではないという意見もあるでしょうが、私はそう思いません。選挙に行かなかった人も含めて、今の日本国民の全ての人の思いと現在の日本の姿が総選挙の結果です。評論家的立場に立てば何とでもいえます。私は、百姓。日本人の主食である米を作ることが仕事。これから、米作りの環境も大きく変わるでしょう。 それでも、止めるわけにいきません。百姓として生き残ってこそ、米作り農家としての責任が果たせます。 私がやるべきことは、今まで以上に田んぼに通うこと。    それではみなさん。良いお年をお迎えください。


NO,242 田んぼ通信 平成26・11・13

 秋は収穫時期。稲刈り作業にはじまり、10月中旬からの二毛作大豆の収穫。それに続く大麦の播種作業と忙しい日々を過ごしてきました。  喜びの時でもありますが、天候相手の農作業。
大麦の種まきが終わるまで、ひと時も気の休まる日がありませんでした。 無事に麦の種まき作業もおわりホット一息ついています。 今月9日。 東京霞が関のイイノホールで開かれた日本食育学会のシンポジウムにパネラーとして出席してきました。テーマは「日本の食のあり方」。 数ヶ月前にパネラーを依頼され気軽に引き受けたものの、開催日が近づくにつれ、ところで 俺はいったい何を話しするんだ。と不安が募るばかり。学者先生でもあるまいし、食育に関し日頃 あらためて意識して考えた事もありません。それでも引き受けたからには、恥を忍んで東京へ。  今回のシンポジウムのテーマ。日本の食のあり方。考えれば考えるほど、日本の食の中心といえば「ご飯」。パスタで、日本は語れません。お米を炊いてご飯になります。そのお米を作っている立場で 生産現場の現状を報告する事に。国内農産物の自給率の低下や、農業の担い手不足や高齢化問題は、殆どの人は言葉として聞いているものの意外と現状は知られていないのではないか。
実態を自分の言葉で伝えることが自分の役目。正直それしか話しできないからです。まともに米づくりに取り組める環境があってこそ、まともなコメができる。まともなコメを食べることによって まともな日本の食が育まれる。 コメ生産現場の話しをはじめると、この40年間のコメ農政のデタラメさと、農林予算という税金の無駄づかいに対する怒りが込み上げてきます。食育学会という場で、農政批判をしても場違いと思いながらも、この40年来、これまでの農政を総括することなく多額の税金を投入しながら、ますます農業の担い手が育たないどころか減っていく。こんな馬鹿げた農政をこれ以上続けられたらたまったものではない。食の問題は、農水省や農業関係団体に任せるのではなく、一般消費者の皆さん、食に関係するすべての人の問題として、捉えないかぎりまともな農政がそだたない。そんな思いで、身近な話から報告させてもらいました。お米を育む田んぼが いまや厄介物になったという話からはじめました。つい最近、近所の人から相談をうけ、米作りを続けられなくなったので、田んぼを買ってほしいというのです。この秋のJA概算金の異常なまでの米価の下落と相まって、米作りを止め、田んぼを委託耕作に出す農家が一気に増えてきました。予想されていたものの、その変化のスピードは凄まじいものがあります。20数年まえに経営を任せられてから、田んぼの購入と借地による規模拡大に取り組んできました。借地としてこれから益々田んぼが出てくるから、なにも無理して田んぼなど買ってまで規模拡大する事はない。そんな話が一般的です。しかし、私は違います。田んぼは、生き物。自分の汗水を流して時間と共に育まれるもの。決して財産としてではなく、百姓としての生きた証として田んぼに関わりたい。そんな思いで百姓として生きてきました。ところで、田んぼの値段も大きく変わりました。 20数年前、一反歩(300坪・1,000平方)200万円までした田んぼの値段。それが、いまや20万円から30万円。実際に15万円で取引したという話まであります。坪千円、いや500円という田んぼの値段。中山間地の田んぼの話ではありません。基盤整備も済んだ立派な田んぼです。それも1か所1ヘクタールまとめて300万円から200万円という値段です。田んぼ一町歩(1ヘクタール)といえば、つい最近まで日本の稲作農家の平均的耕作面積です。 日本の稲作農家は、田んぼ一町歩に寄り添い、家族の暮らしを支えてきました。 それがいまや、たった300万円もしないというのです。就職したての若者でさえ1年間で稼げる値段まで価値がなくなりました。 中山間地の少しでも条件が悪い田んぼは言うに及ばず、タダでも田んぼを引き受ける人がいなくなりました。 愕然とします。そんな話を中心に報告しました。 余りにも現実的な話を中心に話を進めたので立派な食育学会というシンポジウムの品格にそぐわなかったものと反省しています。 それでも田んぼで働く百姓の姿があってこそ、健全な食育が育つと確信します。今回の田んぼ購入の件、なにも無理して買うことない。という声が聞こえてきそうです。所詮、田んぼを耕作する百姓は、天下国家の小作人。じっくり考えています。


NO,241 田んぼ通信 平成26・10・16

  秋は、台風シーズンです。収穫の時期と重なり、台風発生ともなれば天気予報が最も大切な情報になります。最近は、インターネットで気象庁・台風情報サイトで常に台風の動きを確認しています。先日 上陸した台風19号は、余りにも大きかったので情報がほしいと思い調べていたら、米軍統合台風警報センター(JTWC)なるものを知りました。 ハワイにある米海軍が発信する台風情報で、各国の気象情報に加えアメリカ政府及び軍が運用する衛星等の観測網も利用して6時間ごとに更新しているサイトです。プロご用達サイトのひとつのようです。気象庁が発表する予報と多少違う時もあるそうですが、米軍が自国の軍隊の命を守るために発信している情報で価値があるといわれています。 今回の台風19号は、米軍も関心をもったようでスーパー台風と呼んで、早くから警戒を強めていたようです。 
ひとたび台風の直撃を受ければ、一晩で田畑にある作物は壊滅状態になります。 ここ角田は、この10数年 大きな台風被害がありませんでしたが、過去に何度も苦い経験をしてきました。 この秋は、台風の発生数は例年よりも少ないものの日本に上陸した台風はこれまで4個。例年よりも多いといいます。その台風も過去にあまり例のない程に発達します。 台風18号は、心配したほどの台風被害はありませんでしたが、先日の19号は、進路予報では宮城県を直撃。
しかも、スーパー台風。覚悟を決めて台風対策をしました。 今月5日の台風18号の時は、晩稲の「つや姫」の刈り取りが始まったばかり。 なんとしても台風が来る前に刈り取りを終わらせるという思いで収穫作業をしました。台風上陸前に無事に収穫を終えることが出来ました。
田んぼにあるうちは、何が起こるか分かりません。まずは一安心と思ったものの束の間。こんどは19号。台風情報では、ほとんど同じ場所で発生。 その進路予想では、18号よりも確実に日本上陸するとのこと。 稲刈りは終わったものの転作田には大豆の収穫が待っています。 早生種の納豆用小粒大豆が収穫時期にきています。 6月の大麦は、収穫目前の長雨で収穫出来ず壊滅でした。今年の大豆は、豊作です。大麦の二の舞いだけはなんとしても避けたい。大豆の収穫作業は、大豆専用のコンバインで収穫します。稲と違ってコンバインでの収穫作業時のタイミングが難しいところがあります。 稲のコンバイン作業は、多少稲が濡れていても作業が出来ますが、大豆は、大豆が乾いている状態で収穫する事が最も大切になります。 少しでも水分があると直ぐに汚粒になって商品価値がなくなります。 したがって、晴れていても収穫時に埃がたつくらいに乾燥する時間帯まで待つ事が必要となります。通常の作業時間帯は、午前11時頃から夕方、空気が重く湿るまでの時間 午後4時頃までです。一日の 作業時間がごく短く限られます。一番の作業適期の時間帯は、昼食時です。収穫作業が始まれば、ゆっくり昼食はできません。昼食抜きでコンバインを動かすときもあります。また、小粒大豆の収穫適期も短く、一雨ごとに急激に品質が劣化します。 今回の台風19号。上陸するまでには大豆の収穫作業は終わりませんが、せめて小粒大豆の収穫だけは終わらせたい。コンバイン二台で可能な限り作業を進めました。台風がやってくるまでなんとか小粒大豆約5ヘクタールの収穫を終わらせることができ
台風を待ちました。 作業場をいつもより念入りに整理し、万全の態勢でむかえました。
台風が最も接近したのが13日午前2時過ぎ。 風雨が次第に激しくなり台風襲来を感じます。
3時半ごろにかけ2時間ほど一時的に風雨が強まったものの 思ったほど雨風が強くならず殆ど被害もなく過ぎ去ってくれました。 しかし、あぶくま山地の東側、太平洋に面した隣町では時間雨量60ミリを超す大雨が降り、水があふれたところもあったようです。幸い今回の二つの台風は、大きな被害もなく無事にすごすことが出来ましたが、ひとつ間違えばいつ大災害につながるかわかりません。 昨今のお天道様は、本当に気まぐれです。それだからこそ、常にお天道様と真正面から向き合い、最悪の事態を想定し、早め早めに農作業を進めることがたいせつです。これから残った3ヘクタール余りの大豆の収穫作業、そして、二毛作の大麦の播種作業が待っています。大麦の播種作業が終わるまで、天気予報とにらめっこの日々が続きます。


NO,240 田んぼ通信 平成26・09・16

 今年も 無事新米の刈り取りが始まりました。 秋の収穫時期を迎え 一年で一番活気づく時でもあります。 それが今年は、変です。 村全体に活気がないのです。 収穫の喜びも半分。
お米は、収穫を終わると、JA等で検査を受けます。JAなどでは、検査が終わると翌日には個々の通帳に概算金【内金】と称して約9割のコメ代が振り込まれます。 数年後に米が完売した時に残りのお金が追加支払されます。
その概算金が、2割ほど安くなったのです。4月の消費税アップや インフレ政策等の影響で生産資材は確実に値上がりしています。それにもかかわらずお米は、大幅な値下げ。
日本のお米の値段は、JAが示す概算金がひとつの目安になります。 現在 日本国内では、予想以上に お米の消費が減り、大幅な生産調整を実施したにもかかわらず多くの在庫があります。そのような情勢を背景に、全国のJAがこぞってお米の値段を 大幅に下げ安売り競争に走ろうとしています。 物の値段は、生産コストが反映され決まります。 お米の生産コストは、農業資材を扱っているJAが一番知っています。  今回 JAが示した概算金は、政府が示している生産コストを3割以上も下回る異常な価格を提示したものです。 米が余っている現状から ある程度の価格が下がることは予想していましたが、それを大幅に下回りました。 JAだけに米を出荷している農家は 採算割れどころではありません。 経営そのものが危ぶまれます。よくもこんな値段を提示したものだと呆れてしまします。 以前、丹精込めて作った野菜を軽トラック一台積み込んで、地方市場に出荷したものの その値段がたった100円だったという話をよく聞きました。よくも恥ずかしくなく こんな値段を付けるものだと思ったものです。それが市場原理といってしまえばそれまでですが、こんなことをしていたのでは農業をする人はいなくなると思ったものです。 今では地場産野菜をつくる農家も高齢化等でどんどん少なくなり、地方市場そのものの存続が危ぶまれています。 消費者の皆さんの求めるものを供給する。 消費者が求めるものは、時代と共に変化します。 それに対応できなければ その業種は存続できない。 当たり前といえばそうです。しかし、人間の命と健康に直結する食べ物です。基本的に 人間の体が変わらないかぎり、求める食べ物の質も変わらないでしょう。 その食糧生産を担うのは、農業です。生産システムは、時代と共に変わるものの身体が求める食べ物の中身は変わらないはずです。時代が大きく変わろうとも、健康に直結する食べ物生産の基本はかわらない。 農業の基本は、常に農作物の健康を気遣い、土づくりに励み田んぼや畑に通うこと。 そんな思いを強くする今年の稲刈りです。   戦後の米政策は、混迷を極め続けています。担い手問題をはじめ、これまでの農政を総括することなく問題を先送りしてきました。 その付けがいよいよ現実のものとなったといえます。 お米の生産や流通に関わる全ての業種で大きな地殻変動が始まったといえます 米の専業農家として必死に生きてきた我が家にとっても 生き残りをかけた戦いがはじまりました。我が家では、生産コスト低減には機械装備などの充実を図ることで努力してきましたが、その反面、 有機質肥料など より良質な資材を投入する事に心がけ、必要なコストは、いままで以上にかけてきました。 とにかくお客様に喜んでいただけるお米をつくることを最大の目標としてきました。  これからも、その思いはかわりません。 より責任をもった生産を続けるためにも、生産コストに見合う価格は必要です。4月の消費税アップで確実に生産コストは上昇しています。正直、消費税アップ分は値上げをしたいところですが、当分の間 価格はこれまで通りに据え置きたいとおもいます。 よろしくご理解をお願いします。    
田んぼ通信も 今月号で240号を迎えました。 お陰様で、田んぼ通信と共に20年間お米を届けることが出来ました。 時代も大きく変わりました。皆様の お米に対する思いが、田んぼ通信を支えていただいたものと思います。 田んぼに立つかぎり、田んぼ通信を続けていきます。 東北の片田舎の百姓の思いをこれからも発信続けます。
よろしくお付き合いをお願いします。


NO,239 田んぼ通信 平成26・08・17

  立秋も過ぎ、残暑お見舞いの季節になりました。 田んぼでは、稲穂が出揃い今月はじめに出穂した ひとめぼれは、稲穂を重く垂れています。 今月10日に四国に上陸し、西日本および東日本各地に大雨をもたらした台風11号は、幸い角田では心配したほど雨が降らず殆ど被害がありませんでした。 台風の被害にあった皆様には、こころからお見舞い申し上げます。
 7月下旬からお盆までは、最高気温が36度超える猛暑日が数日間続くなど 角田も暑い夏になりました。それが、お盆に入ってからは雨や曇りの天気。しかも昨日の最高気温が21度。梅雨空のような天気が続いています。お盆前は、猛暑続きで稲の生育も進み、稲刈りも早まりそうとだ思いましたが、このような天気が続けば来月半ばの稲刈りになりそうです。
 さて、今年もお盆が過ぎ、お墓参り等で里帰りしていた兄妹、親戚も帰り 静かな時間が戻ってきました。普段は、5人家族。それも大人だけです。それがお盆中は、ひとつ屋根の下で13人が寝食を共にしました。夕食を囲んでの会話は賑やかです。年に一回、お墓参りとお互いの状況報告を兼ねてお盆に里帰り。人は、帰るところをもっていると安心するものだといいます。ささやかながら、心の拠り所になれば・・・・・。それも本家の務めと思いつつ毎年のこと、世話する家内には頭が下がります。  
ところで、田んぼ通信も今月で239号。新米をお届けする来月は、240号を迎えます。
 今でもお世話になっている、埼玉の福祉グループの皆様のご支援をいただき始まった米の産直事業。その時のお世話いただいた代表からの言葉。「毎月お米を届ける際には、産地の様子が分かる簡単な便りを必ず同封すること」 あれから、20年が経ちました。
月一回のささやかなレポートといっても、一カ月はあっと言う間にすぎます。なおさら、筆不精の私にとっては、A4のレポート用紙一枚の便りを書くのは、大変な気苦労であります。 
先ず10年間はなんとしても頑張ろうと思い10年が過ぎ、下手な便りでも待っている人がいる。しかも、毎月15日前後に仲間と共同作業をしながらお米を発送していることから、通信がなければお米の発送ができない。仲間に迷惑をかけるということで通信を書き続けてきました。
たぶん皆様も感じている事でしょうが、米作りは、毎年同じ作業の繰り返し。20年経っても同じ作業の連続で、書いていることも毎年 殆ど同じ内容です。心がけていることは唯一つ。その時々の田舎の普段の思い、米作りの思いを少しでも伝えたい。 米作りは、毎年 季節の廻り合わせと共に進み、また基本的な農作業は、毎年ほとんど変わりません。 そうであれば、季節ごとの思いを お米を通して共有してもらいたい。 米作りをはじめとする、農作業は決して派手ではありません。日々生長する作物と共に、経験にもとづいた地味な作業の積み重ねの結果として収穫を得るものです。 都会で生活しているみなさんに、春になれば今年も種まきの季節になったのか。台風がくれば、多少なりとも角田の田んぼを気遣ってもらえる。秋になれば共に収穫の喜びを分かち合う。そんな当たり前の 田舎の思いを食べていただける皆様と共有したいものだ。 そんな思いで20年間 続けてきました。一口に、20年といいますが。20年前、私は40歳を過ぎたばかり。日本の米作りを現場から変えたい。新しいコメ作りを始めるのだと心踊らせていたものです。産直でお付き合いが始まったころ、小さかった子供さんも20歳すぎ立派な大人になったことでしょう。気が付けば私も、還暦を過ぎました。 産直事業をはじめた20年前、一件当たりの発送を一箱当たり20Kとして計画を組みました。それがいつしか、10Kが普通になり 最近は、5Kも多くなりました。皆様の家族構成などは分かりませんが、この間のお米の購入量の変遷からなんとなく家族の様子や世の中の動きを感じています。この20年間、殆どのお客様には、この通信だけでなんらご挨拶をしないままお付き合いをいただいています。本当に申し訳ないと思っています。お米を食べていただいている皆様があってこそ米作りを続けてこられました。 あらためて感謝する日々です。来月は、新米です。収穫が終わるまでは、安心できませんが今年も美味しいお米をお届け出来そうです。楽しみにお待ちください。


NO,238 田んぼ通信 平成26・07・17

  先月5日に梅雨入りしてから相変わらず梅雨空が続いています。 春先、冷夏を心配する天気予報もありましたが、冷夏の心配はなさそうです。 いま 田んぼでは、稲の体の中で真白な稲穂が一センチ程に育っています。これから8月初めにかけて 稲の一生の中で一番低温に弱く、秋の収穫を左右する最も大切な時期を迎えます。  先日やって来た台風8号は、全国各地に大きな災害をもたらしたものの、幸い当地方に殆ど被害もなく過ぎ去りました。しかし これからが台風シーズン。お天気様は、何が起こるか分かりません。今年の麦の事もあります。 無事に収穫が終わるまで緊張の日々が続きます。 結局 今年の麦は、検査に合格した麦はゼロ。
収穫作業は、困難を極め ほとんどが圃場に捨てる状態で収穫量も激減。 過去に経験のない惨憺たる結果になりました。 農業は、お天気相手。いつ災害に遭うか分かりません。それに備えて国による農業共済制度があります。いまはそれが頼りです。せめて最低限のコストに見合う共済金を期待するものの、これも結果をみないとなんともいえません。 お天気相手の農業。お天道様のご機嫌を損ねれば、その現実を素直に受け入れるしかありません。 済んでしまったことを、いつまでも引きずることはできません。 大麦の収穫後に 二毛作の大豆の播種作業が待っています。 我が家にとって、大麦と大豆の二毛作は大切な経営の柱です。たとえ麦が駄目でも大豆の種まき作業をしなければなりません。ガッカリする暇などありません。 
それも、梅雨空が続く中での作業です。大豆の種まき作業期間も、予想を超える大雨がふり、種まき作業が大きく狂いました。 天気にたいする判断の甘さを痛感しました。 それも貴重な経験と考え、無事に発芽した大豆畑を前に決意をあらたにしています。
 ところで、先日 お米を扱っていただいているお米屋さんにご挨拶を兼ねて上京してきました。時間の関係で、数件しか訪ねることができませんでしたが、どこの米屋さんも、米の販売で苦戦していることが話題になりました。生産地の倉庫に多くの在庫が残っているというのです。
 昨年は、米の値段が高くなり米の消費量が落ちたというのですが、今年は、米の値段が下がっても在庫が増えているというのです。 米は、外食向け業務用の消費が大きく伸び、家庭での消費量は年々減少しているといいます。外食産業は、厳しい競争の世界で生きています。少しでもコストを抑える努力をするのは当然といえます。 たとえば、回転寿司の1個に使う米の量は、30グラムだそうです。 昨年 米の値段が上がった事で一割3グラム減らして27グラムにしたというのです。たった3グラムと思いますが、全国の寿司屋さんで消費する量は何憶万個になります。寿司屋さんで すし1個3グラム減らしただけで一年間数十万トンのコメの消費が減ったというのです。 高齢化社会が現実のものとなり、年々胃袋も小さくなり、しかも周りにはたくさんの食べ物が溢れています。黙っていても米の消費量が落ち込む事は目に見えています。国内で消費される米は、一年間で800万トンといわれていますが、米の在庫量からすれば、700万トンまで落ち込んでいるのではないかともいわれています。ことしも、このままいけば平年作は確保できそうです。 出来秋の米の値段が心配になります。米の値段と関係なく生産資材は、上がり続けています。それでなくても、コスト高で儲からない構造になっています。コメ卸やコメ屋さんの相次ぐ廃業や統廃合の話題に事欠きません。 幸いお世話になっている米屋さんは、
しっかりした考えの下に堅実に商売を続けてきた米屋さんばかりです。
厳しい環境の中でもしっかりと未来を見据えて商売をしている米屋さんです。今回 上京してあらためて感じたことは、私たちのコメに対する期待の大きさです。 毎日 私たちの米を食べていただいている消費者の皆さんやお米屋さんの期待に応えるために何をすべきか。 産業としての米作りを考える時 決まって言われることはコスト意識をもつこと。コスト割れでは生産が続かない事は、もちろんです。しかし、そのまえに、お客様に喜んで食べていただける米をどう育てるかが、大切だと考えます。そのためには、資材を惜しまず、手間を惜しまず、消費者の皆様の美味しいお米だと微笑む顔を思い浮かべ田んぼに通うことが一番大切な事です。


NO,237 田んぼ通信 平成26・06・16

  天気が、変です。 
5月末には、最高気温が32度を超える真夏日が数日間続き、夏がやって来たと思ったら、今月5日には早々と梅雨入り。 梅雨入りと同時に雨が降り出す。即本格的な梅雨空の毎日。 13日に久しぶりの青空が広がるまで、連続8日間の雨降りの梅雨空が続きました。 
これまで、経験したことのないことです。 例年、東北南部は、梅雨入りしても、本格的な梅雨空が続くのが6月下旬ごろです。 それが今年は違います。
今の季節は、麦秋。 黄金色に色付いた麦畑が広がり、田んぼの緑と青空、蔵王連峰の頂の残雪の白。一年の中でもきれいな景色が広がる季節です。  今年は違います。麦畑は茶色に黒ずみ、穂は折れ曲がり無残な異様な姿が広がっています。 
麦の大敵は、雨です。 収穫適期は、4〜5日。 収穫時期が 梅雨の時期に重なるため、この時期になると、常に天気予報を気にしながらの農作業が続きます。 それが、今年は収穫を目前にして 本格的な梅雨空の毎日。 麦は、収穫時期に雨にあたると、カビが発生し、穂発芽もします。 品質の劣化が激しい作物です。もともと麦は乾燥地帯で育つ作物です。 収穫時期が、梅雨にあたる日本では作りにくい作物とされてきました。それが品種改良の結果、日本でも品質の良い麦が生産できるようになりました。 
 今回の長雨は、収穫目前にして降り続きましたので最悪です。 収穫時期が、梅雨時と重なる
ことを前提に毎年麦をつくってきましたので、収穫できる状態になれば少々水分が多く、乾燥時の燃料代が かさんでも収穫をしてきました。しかも、いったん収穫作業が始まれば可能なかぎり夜遅くまで収穫作業をしてきました。 今年は6月5日に日本列島が一気に梅雨入り宣言。梅雨入り宣言と同時に8日連続の梅雨空。例年、東北南部の梅雨入りは6月10日ごろ。前半はカラ梅雨が続き、本格的な梅雨空が続くのは6月下旬からです。 今年は、これまで経験のない全く異例の梅雨入りです。収穫目前にして、 全くなすすべがなく、毎日降り続く雨を眺めるだけ。
圃場で立ったまま、麦の穂から麦の新芽が青く数センチほど伸びています。 これまで、倒伏した穂から新芽が伸びていたことはありましたが、立った状態で新芽が伸びてくるなど見た事ありませんでした。 それほど今年の梅雨は、異常です。 それにしても、無残な姿になった麦畑をみると、悔しい思いが込み上げてきます。手を尽くすべきことは全てやり今年もまずまずの作柄、あとは収穫するだけ。 それが、収穫を目前にして全てが無駄になる。天災とはいえ、悔しさだけが込み上げてきます。 まさか、こんなに壊滅的被害になるとは、全く想像できませでした。   13日、雨が上がり朝から久しぶりに青空が広がりました。 乾いた西風がふきだしました。今の時期は、太平洋からの東風、ヤマセが吹くのが普通です。 この風で、一気に麦が乾きはじめました。 時すでにおそし。 これか出来ることは、できるだけ経費をかけずに収穫し、 次に待っている大豆の種まき作業を急ぐことです。 商品価値がゼロ。出荷しても規格外で一袋(25キロ)200円にしかなりません。袋代が80円かかります。調整の手間や経費を考えるとそのままにしておきたいところですが、刈り取りしないと大豆の種まき作業がうまくできません。 16日、乾燥状態を確認して刈り取り作業をはじめました。収穫した麦を見てあらためて唖然としました。予想はしていたもの、規格外にもならないのでは思うほどの極端な品質低下です。しかも、最も恐れていた赤カビではないかと思われる被害粒が多くみられます。 赤カビは、猛毒です。一粒でも混入すればエサ麦にもなりません。もちろん規格外にもならず、そのまま廃棄処分です。それがわかっていても、出来るだけ収穫しなければとの思いで刈り取りをはじめました。 麦畑は、度重なる長雨で麦稈がもろくなり、途中から折れ曲がっています。麦稈は稲わらと違って、雨にあたるとたちまち もろくなります。   手で触ったばかりで、穂が落ちてしまいます。コンバインで収穫をはじめましたが、詰まってばかりで刈り取りができませんしかも、 殆どの穂が途中で落ちてしまいます。なんとも、疲れる今年の麦刈です。


NO,236 田んぼ通信 平成26・05・17

  今年の田植えは、5月3日に始まりました。 まだ、田植えは終わりません。
4月初めまで天候が悪く、田んぼに入れない状態が続き農作業の遅れが心配されました。 水路の手入れや客土作業などは、時間の余裕ある冬場におこないます。今年は、大雪と度重なる雨で出来ませんでした。 細土作業も出来ないまま 代掻き作業になるのではと心配するほどでした。しかし4月10日頃を境に気温も上昇、しかも乾燥した風が数日間続き一気に田んぼが乾きはじめました。例年どおり4月28日には田んぼに用水がやってきます。それまでやるべき仕事が山ほどあります。農作業の遅れを取り戻すべく日の出を待たずに日々田んぼ仕事。  田んぼに水が入れば 代掻き作業です。 代掻きをしないと、田植えが出来ません。田植え作業は、息子の担当。昨年、最新型の田植え機を導入したこともあり あっと言う間に田植えは進みます。苗運びなど人の手配ができれば、楽に一日3ヘクタール以上は植えてしまします。
田植えするまで代掻き等の準備作業が、大変です。 田植えが始まれば、代掻き作業と田植え作業等が同時進行しますので、それこそ、寝る暇を惜しんでの仕事が続きます。田んぼの水引きや 田植え後の水管理など 家族が分担して田植え作業が続きます。 ゴールデンウイーク中も近年になく 暖かく絶好の田植え日和が続きました。 多くの手伝いが来てくれる3日からのゴールデンウイーク後半が勝負時です。 連休後半4日間で10ヘクタール以上の田植えを済ませること。それが、今年の目標です。 親戚等が連休を利用して 田植え手伝いにやってきます。大変ありがたいことです。 育苗ハウスから苗を運ぶ人、機械に苗を補給する人、箱を洗い片付ける人など 人が揃っていないと田植え機械の能力が発揮できません。 高性能な機械だからこそ段取りが大切になります。  その前に、代掻き作業を進めなければなりません。それこそ、日の出を待たずに田んぼに直行。 今年は特に 春の農作業遅れから4月中旬から今日までほとんど休まず連日の田んぼ通い。途中、歳のせいか 体が持たないのではと思うことも。 そこは、気合を入れ直しトラクター運転を続けました。 
 農作業で忙しい中にも、しばし仕事の手を休め、辺りの景色に見とれる時があります。
日の出の時と 夕暮れ時です。 特に日の出直の風景は、幸せを感じるほどの景色が 広がります。いつも思うのですが、日の出日直前から日の出にかけてのお日様は、大きく見えるから不思議です。光の屈折効果によるものでしょうが、実に大きなお日様が昇ってきます。自然の景色を一人占めして味わう。これが百姓仕事のいいところ。 疲れた体も、新たな意欲がわいてきます。 それにしても、日の出が早くなりました。    一か月前は、朝5時頃にはまだ薄暗かったものの、いまでは、4時には仕事が出来ます。これから 益々日の出が早くなります。
『朝仕事3日すると一日だ』と近所のお婆さんが言っていた言葉を思い出します。 若かったころ、朝早く起きるのが辛いものでした。 還暦を過ぎた今、不思議と朝暗い時から目が覚めます。夜も 夕飯を食べると眠くなります。 ご飯を食べるか寝る時間以外は、ほとんどが農作業という日々が一カ月ほど続きましたが、なんとか今年の田植えも先が見えてきました。  田植えの風景も以前とは、だいぶ違ってきました。 田んぼを耕作する農家も年々少なくなり連休中賑やかだった田んぼ風景は、あまり見かけなくなりました。大規模農家と1ヘクタール前後の兼業農家に分かれ、自ら耕作する兼業農家の数も年々少なくなりました。地域の担い手農家に、どんどん農地が集まってきました。そこで問題なのが、規模拡大したものの技術対策が伴わず、粗放農業になり田んぼを荒らしてしまうというケースをみかけるようになったことです。確かに数10ヘクタールの農地で農業しています。 と言うと格好よく聞こえますが、中身が伴わないと収入は増えないのです。それどころか、規模拡大に伴う多額の設備投資が必要になります。コメ農家もいよいよ経営能力が試される時代になってきました。経営能力の中でマーケッティングが注目されますが、最も大切な事は、生産技術です。うまいコメをつくれるか。需要にあったコメ生産が出来るか。それが、米農家として生き残れるかの課題です。コメ農業は大きく変わります。


NO,235 田んぼ通信 平成26・04・16

角田の桜は、6日に咲きだし10日には満開になりました。 2月の大雪以来、度重なる大雨で 田んぼが乾かず、耕起作業等の田んぼ仕事が全く出来ませんでした。 特に4月3日夜から4日にかけての大雨で、またもや水浸し。代掻き作業が出来るのでは思うほど 田んぼに水が溜まりました。 今月28日には、用水があがってきます。 それまでに、畦づくり、耕起作業、肥料散布など 田んぼ仕事がたくさんあります。 また、例年通り4月から苗づくりも始まりました。 ことしも2日に最初の種まきを開始。3日おきに種播き作業を繰り返し、今月末まで7回に分けて種播き作業をします。育苗作業が始まるまで、これほど田んぼ仕事が出来なかったという経験は、これまでありません。 どうなる事やらと心配していましたが、桜が咲きだしたころから気温が上昇、しかも異常乾燥注意報が出るほどの乾いた風が連日吹き出し一気に田んぼが乾いてきました。 いま早朝から夜まで仕事の遅れを挽回するため毎日 必死にトラクターに乗っています。 世間では花見の話題が連日報道されていますが それどころではありません。 それでも、忙しい中にもトラクター仕事をしながら 残雪の蔵王の山々、日増しに緑を濃くする麦畑、里山に咲く山桜など、春の景色を眺め 春を楽しんでいます。 花見は出来なくと、仕事をしながら 春を楽しむ、これも百姓の特権。などと ひとりで納得しながらの農作業です。
 さて、13日朝5時半集合。 毎年この時期に行われている 集落総出の共同作業、春の江払い作業の日です。 江払い作業は、田んぼに水を引くための用水路の手入れです。以前は用排水兼用しかも土水路でした。今は、用水路と排水路が分離され、しかもコンクリートで立派な水路になりました。 田んぼの隅々まで 用水を取り入れるためには、広い田んぼに張り巡らされている水路を整備しておかないと用水を引くことは出来ません。 そこで昔から田んぼを耕作している集落全員で水路の手入れをしていきました。 春は、用水路。夏には排水路を中心に共同作業で水路の維持管理をして田んぼを守ってきました。 しかし近年 、田んぼを所有していても委託耕作に出す家庭も多く、また非農家も多くなり共同作業も年々難しくなってきました。
私の集落は、戸数70戸あまり。集落で管理する田んぼの面積は、約100ヘクタールです。
昔は、ほぼ全世帯が田んぼを所有していました。 現在では、田んぼを所有しているもの耕作を依頼する委託耕作に出す家庭が年々多くなり、実際に耕作している農家は16戸です。昨年あたりから米づくり農家の中でも、中堅農家といわれた2ヘクタールの田んぼを所有している農家が 米作りを止め、委託耕作に出すのが目立つようになりました。 集落によっては、耕作をしている農家が数戸しかないところもあります。田んぼを委託耕作に出す農家が 多くなり、しかもその田んぼを引き受け耕作する担い手農家が育っていない。 担い手農家の耕作面積は、否が応でも年々大きくなります。角田市内でも20ヘクタールから30ヘクタール規模の農家も珍しくなくなりました。 しかし、経営規模が大きくなれば、それに伴う機械等の設備投資も必要になります。 設備投資には多額の費用が必要です。昨今の農業情勢からすれば、おのずと限界が見えてきますが、経営規模の拡大はますます広がるでしょう。  そのような急激な米作りの環境の激変の中で、用排水路の維持管理を如何にするかが大きな課題でもあります。それに、どのように対応するか。 基本的には、用水路等、耕作に直接関係するものは、耕作者に維持管理を委ねるべきでしょう。地域全体で田んぼを守るということは理想ですが、時代の急激な変化に伴いそれも限界にくるでしょう。私の地域は、30年まえに 田んぼの基盤整備事業により区画整備された立派な田んぼになりましたが、もう一度 再区画整備の必要性を感じています。そんな時代の変化の中でも、今年も集落総出の春の江払い作業が行われました。非農家の人は、空き缶等のゴミ拾い。田んぼを所有している農家は、委託耕作に出している農家もスコップを持参。田んぼの所有者全員で用水路の手入れをします。天気は快晴。早朝から 穏やかな春の陽ざしの中、残雪に映える蔵王の山々を眺め、絶好の花見日和。世間話をしながら、集落全員での共同作業。 
共同作業の良さを満喫しながらの、江払い作業でした。


NO,234 田んぼ通信 平成26・03・17

2月の大雪が降って以来、寒い日が続いています。 3月半ばを過ぎたというのに、北側の路地に面したブロック塀には、雪の塊が残っています。 まだ春を感じることが出来ません。
田んぼは、雪解け水で水浸し。例年ですと田んぼが乾き、春起し作業等が始まる時期ですが、いつ田んぼに入れるか分かりません。農作業の遅れが心配になります。
今年も11日に種モミの塩水選作業をはじめました。3年前の3月11日午後2時46分。
これまで経験したこともない激しい揺れと共に東日本大震災が発生。 3年前も家族で塩水選作業をしていました。 あれから3年が過ぎます。午後2時46分。 地震発生の時刻に合わせて、市役所のサイレンが鳴ります。 塩水選作業の手を休め、家族揃って黙祷を捧げました。 数分間の大きな揺れ。それに伴う大津波、そして東京電力福島原発事故に伴う放射能汚染。
わずか数分間の出来事で何十万人いや何百万人の人生が大きく狂いました。 三年が経った今、 その現実が様々な格差となって現れてきました。 黙祷を捧げながら 多くの亡くなられた皆様の無念さを思うと涙がこぼれます。 大震災を契機に、人生観が変わった自分がいることに気付きます。 これからの日々を自分に与えられた仕事を黙々と生きていく。 田んぼを守り、喜んで食べていただけるお米をつくる。 毎年同じ様に、暦と共に農作業を進めていく。それが、我が家に与えられた仕事であり やるべき仕事。 大震災から三年目。塩水選作業をしながら 思いをあらたに今年のコメ作りが始まりました。
 さて、今年も東京工業大学留学生が角田農村体験ツアーにやってきました。
先月24日から3泊4日の日程で角田の農村生活を楽しんでいきました。
東京、奈良、京都だけが日本じゃない!このツアーの合言葉です。日本の東北のかた田舎。
角田も日本だ! 田舎の角田に泊まって 日本人の心意気を感じて欲しい。そんな思いで、今年も東工大の留学生の角田農村体験プログラムがはじまりました。今年は、日本人の学生も一人参加。フィリピン・タイ・中国・台湾・インドネシア・スイス・インド・マレーシア・日本の9か国 22名の学生がやってきました。我が家には 日本人の 倉重君とフィリピンのイヌマエル君の二人がホームステー。 先月27日、角田農村体験ツアーが無事終わり元気に東京に帰っていきました。 今年で6年目。 この間 東日本大震災。それに伴う東京電力福島原発事故による放射能問題。 それでも 休むことなく角田の農村体験ツアーを続けてきました。
当然、 理学系の大学であり 放射能の危険性がいかなるものが十二分に分かっているハズ。
それも留学生。それぞれの国の親に承諾を得てまで 留学生を連れてきた担当の先生方。  その心意気に応えなくては、という思いで仲間と共に楽しみながらホームステーをすごしました。
最終日、いつものように参加者とホストファミリーが一堂に集まり、それぞれの立場で感想を のべてもらいました。 たった3泊4日という短い時間。 中国人の女子留学生は、涙ながらに 感想をいいます。「日本で学んで4年になる。この4年間で初めて日本人のあたたかな心に触れた。 本当にありがとう」 日本に来て必死に頑張ってきたのだろう。寂しかったであろう。
ツアーの目的は、東北の田舎に残っている人と人との触れ合い。地域で人を思う心。田舎だからこそできる他人を受け入れる精神的余裕。 日本の田舎の文化に触れ合う。 参加した留学生の一人ひとりの感想から その目的に向かって少しでも役に立ったとの思が込み上げてきました。
アジアの農民と手をつなぐ会 を結成して20年以上たちます。JICAの研修員の受け入れをはじめ多くの国々の人達を受け入れてきました。 地球に住んでいる人達は、同じ人間なのだという思いをあらたにします。 会の活動を続けてこられたのは、いつでも二つ返事でホスト役を引き受けてくれる素晴らしい仲間があってこそ。  あらためて感謝したい。
ところで、4月から消費税が上がります。 お米の価格は、永年お世話になっている皆様の 御恩に少しでも応えるべく、当分のあいだ従来の価格のまま据え置かせていただきます。
農業情勢もこれから益々厳しくなりそうですが、これからもよろしくお願いします。


NO,233  田んぼ通信 平成26・02・16

2月4日は立春。 暦は、春です。 新年を迎えてから、これまでにない暖かな冬を過ごしました。雪らしい雪も殆ど降らず、田植え時期の水不足が心配になる程でした。
それが2月4日の立春を境に一変しました。 いま辺りは、銀世界が広がっています。連日 朝の最低気温は、氷点下10度以下を記録。13日朝は、氷点下13.5度を記録するなど厳しい寒さが続いています。 例年、東北南部太平洋側に位置する角田は、殆ど雪は降りません。 降ったとしても根雪にならず直ぐに融けます。 当地は、昔から旧暦の正月を迎えると雪が降るといわれてきました。その言い伝えどおり 旧暦の正月を迎えた途端に雪が降り出しました。
今回の雪は、記録的な大雪となりました。 8日に降った雪は、県内各地で78年ぶりとか 90年ぶりの大雪となりました。 角田でも40センチを優に超す大雪となりました。
しかも、その雪も融けないというのに、昨日からまたもや大雪が降り出しました。 今回の雪は、 先日の雪と違って湿った重い雪です。 蔵王に近い隣町の白石市では、57センチの観測史上最高の積雪を記録しました。除雪作業が追い付かず、国道4号線等の主要幹線道路でも車が立ち往生し大渋滞。二日経った今でも渋滞は解消されないという異常事態が続いっています。
関東地方各地でも大雪が降り大混乱したようですが、皆様の所はいかがでしたか。
 今回の大雪で、暫くは銀世界が続きそうです。 二月半ばを過ぎ、そろそろ春の農作業の準備が始まりますが、外の田んぼ仕事は出来そうにありません。 三月に入り一気に農作業が忙しくなりそうです。 雪が降らない時は、冬はやっぱり雪景色が恋しい。などと呑気な事を思いましたが、これほどの大雪を経験すると、雪国の皆さんの御苦労を多少なりとも分かる思いです。
 ところで、冬の時期は研修会等の会合が多くあります。特に今年は、現在 難航しているTPP貿易交渉に呼応するかのように、再三の農政大転換が表面化し それに関する研修会等が多くあります。 TPP貿易交渉は、農業問題だと思われますが、御存じの方もあるように国家主権にかかわる大きな問題でもあり、慎重な対応を政府に求めたいものです。個人的には、いまでもTPP貿易交渉は、反対です。  さて、今回の農政大改革。 今更何を言っているのか。というのが正直な気持ちです。 農水省が言う今回のコメ政策大改革の根幹は、需要に応じた生産計画を農業者自らの判断で行い、市場原理よるコメ生産を行うというものです。 このことは、決して新しいことではありません。食糧管理制度が廃止され、平成7年に施行された新食糧法の基本精神に謳われていたことです。その当時、これから日本の農業は、大きく変わるのだと心踊らせ熱い思いに浸った事を思い出します。 あれから、19年が経とうとしています。 この間、新食糧法の精神は言葉だけ。コメ農政は、常に問題を先送りするだけ。農政は、食管制度当時を引きずったままです。自らの判断で、農業を行う経営者を育てるどころか、相変わらず組織頼みの農業者を温存する農政が続いてきたといえます。その結果として、農業の担い手が驚くほどいなくなりました。 今になって 担い手がいない等といっていますが 当然の結果といえます。 
確かに、日本のコメ作りは農村地域社会と複雑に絡み合って成り立ってきました。これらを背景にコメ農政は、産業政策と地域社会政策を同時に推進する手法をとってきました。
今回の政策も 車の両輪に例えて産業政策と地域政策の二本の柱を基に同時に進めようとしています。 しかし最近、この考え方では農業の担いては育たないと思えてなりません。農村社会に この二つの政策課題が同時に降りてきた時、地域社会政策が優先されるからです。 国民の食糧生産を担う第一次産業の担い手を育てるためには、産業政策に的を絞った分かりやすい農政こそが今求められています。そこで問題になることは唯一つ、農業の担い手に何を求めるかです。国民の命にかかわる食糧生産を担う第一次産業の担い手に対し何を求めるか。 それは、ただ単に儲かればいいという発想ではなく、地域社会と農地に責任と誇りを持った経営者像が求められることは当然のことです。そのような農業経営者が育ってこそ、国民から同情される農業ではなく、国民から信頼される農村に生まれ変わるのだと信じています。そのために税金を使うべきです。


NO,232  田んぼ通信 平成26・01・17

明けましておめでとうございます。 昨年中は、たいへんお世話になりました。
今年も 宜しくお願いします。
新年を迎えて早くも半月が過ぎました。 新年に入り 寒波が二ユースになっていますが、ここ角田は全く雪がありません。 正月二日朝、薄らと雪化粧になったものの昼までには解けてしましました。 今の時期が一年中でもっとも寒い時期です。 朝は霜で真白になります。
外の水道が凍るのは 気温がマイナス4度以下になった時だと聞いたことがあります。
それが、まだ水道が凍りません。今年に入り最低気温がマイナス6度になった事はありますが、それは一時的なもので平均して暖かな冬です。 シイタケ栽培をしている仲間の話では、山に伏せ込んでいたシイタケ原木からキノコが芽吹いてきたというのです。こんなことは珍しいといいます。 角田は、東北太平洋南部に位置しています。冬でも比較的暖かく雪が降っても根雪にはなりません。それでも、寒の内は 雪があるものです。 それが全く雪のない新年を迎えています。本来であれば、雪が積もっていると心も和み、気持ちも落ち着きます。 一年の営農計画に 思いを巡らす時期でもあり、少しは雪があってもいいと思うこの頃です。雪国の人にとっては、雪は厄介者ですので、贅沢な悩みですが・・・。 
昔に比べ 雪が少なくなったことは確かです。それに比例するかのように、新年を迎える正月行事も歳を追うごとに消えていきます。 正月行事は、本来 農家生活に根付いたものでそれぞれに意味があります。 欧米流の生活様式が広まった現代、意識して昔ながらの伝統行事を伝えようとしない限り、時間と共に消滅する事は自然の成り行きといえます。 我が家では、お雑煮を 食べるのは正月三日の朝です。それまでは、ご飯をいただきます。神棚には、ご飯に納豆を添えて供えます。神様に供える納豆は、別にとっておきます。また、正月中は、ご飯に納豆やとろろ等ご飯にあげて食べることはしません。正月になると決まって質素な昔ながらの汁ものと和え物を数種類つくります。それを食べると、正月気分になるから不思議です。以前、正月元旦からお雑煮にしたら、という話になりましたが 理屈はどうであれ 今年も子供の頃からの料理で正月を過ごしました。  11日は、農のはじめ。 いつものように種モミに供えた、オガンマツを田んぼに持っていき、今年の豊作を祈願しました。 今年も米作りがはじまりました。
今年の 私からの年賀状です。

あけましておめでとうございます。
角田は 雪のない暖かな正月を迎えました。
 還暦を迎え一年が過ぎようとしています。ホームページを開設してから、13年目の春を迎えました。またブログを始めてから10年が過ぎます。ブログの名は、「だだわらす子のひとり言」ホームページ開設して間もない頃、お前の言っていることはダダワラスと同じだ。といわれたことを切っ掛けに「あぜ道日記」から「だだわらす子のひとり言」に変え10年が経ちました。その間、毎日欠かさずキーボードを打つことを目標にしてきました。 還暦を迎て、いつまでも「だだわらす子」でもあるまい、少しは大人になったら・・。と思いつつ一年が過ぎました。 
新年にあたり決意しました。還暦を過ぎた今だからこそ、「だだわらす子のひとり言」を続けていこうと。 同級生は、次々に定年を迎えこれからの人生を模索しています。幸か不幸か百姓には定年、退職がありません。いまだに「毎年が一年生」の連続です。いま激動の時代を予感します。農業だけでなく、これまで先送りしてきた多くの問題・課題が次々に表面化してきました。過去の歴史を踏まえ個人としてどう生き行動するかが問われる時代です。 還暦を過ぎて、個人の思いとは別に世の中に対しより責任ある行動と立場が求められる歳になりました。
 今年も更なるご指導を宜しくお願い申し上げます。 http://www.omokawa.com
平成26年元旦