NO,368  田んぼ通信 令和7・4・13

4月10日。 桜が満開になりました。  隣町には、日本屈指の桜の名所があります。 「一目千本桜」。 残雪をたたえる蔵王の山々を背景に蔵王連峰を源とする白石川の堤防沿いに1200本を超す桜。 樹齢100年を超すソメイヨシノの桜並木は、壮観そのものです。心から自慢できる絵になる風景です。 ソメイヨシノは、てんぐ巣病という茎・枝が異常に密生する奇形症状を示す病気が発生します。 それを放っておくと桜が枯れてしまします。 春先にてんぐ巣病の患部を切除、焼却作業などの予防作業を続けることが大切です。 我が母校・宮城県柴田農林高校では毎年3月 新年度を迎える前に全校生徒総出で、てんぐ巣病の予防作業を続けてきました。毎年 春を告げる恒例のニュースとして必ず地元の話題として放送されています。
我が母校・宮城県柴田農林高校は、今年3月に117年の歴史に幕を閉じ、令和6年度末に大河原商業高校と共に閉校し県南部の職業教育を担う拠点校として、「大河原産業高校」として新たに開校しました。 時代の流というものの「柴農」の卒業生として母校がなくなることは寂しいかぎりです。 今年も、先月末のニュースで新設の大河原産業高校の生徒が一目千本桜の剪定作業の様子が放送されました。「柴農」の精神が新たな高校にも代々受け継がれ、百年もの長きにわたり日本屈指の桜の名所を守っているのだと思うだけで嬉しくなります。  先日送られてきた、 閉校にあたり作成された同窓会名簿にあらためて目を通してみると、 大正9年度本科第十回卒業生として大叔父の名前があり昭和になり父の兄弟3人の名前もありました。 時代の大きな流れ感じつつ、我が家の農家としての基本は「柴農」での学びがあったからと感謝しています。
 さて、 コメの価格の高騰の話題が連日報道され、一向におさまりません。昨年の夏前からですから一年近く米の話題が続いています。生産者としては、最近20年来コメの話題がほとんどありませんでしたので 話題になるだけでも嬉しいかぎりです。 突然コメの価格が従来よりも2倍になったことでその犯人捜しがマスコミ等によって報道されています。当初は、生産者及び流通業者など流通関係者の売り惜しみ等、流通の目詰まりが原因ということで騒いでいましたが、答えは簡単。米価は市場原理で価格が決まる以上、需要と供給のバランスが崩れ供給不足になっただけ。 特にこれまでJA(農協)が最大の集荷業者であり、しかもプライスリーダーでした。しかも、食管法時代の既得権をそのまま温存するかのような経営者としての責任を欠いた事業展開を今日まで続けてきた。農政もそれを容認してきたといえます。其の結果として、コメが集まるのが当然だという事業展開にあぐらをかき続け、買い負けしてJAにコメが集まらなかっただけ。 今回の備蓄米の放出もJAの集荷体制と事業展開の無責任からでたもので、結局はJA事業の尻ぬぐいをしただけと感じています。 今回のコメ騒動を機に、先ずやらなければならないことは、これまでの総兼業稲作農家体制によるコメ作りの総括をすること。その是非を明らかにしたうえで、コメ生産者(経営者)のプライドがたもたれるコメ農政の展開を望みたいものです。


NO,367  田んぼ通信 令和7・3・15

3月になりました。3月11日は、東日本大震災が発生、あれから14年が過ぎます。 震災発生直後、消防団員として沿岸部の津波被災地(車で20分程)へ応援に行った際の 率直な感想。「震災前は多くの人家や暮らしがあったはず。 それが土台だけを残し跡形もない。この世にこんなことが起こるのか」「人の営みなんて些細なもの・人生かけて懸命に働いて得た資産があっと言う間に消えてなくなる現実」「自然の前では、常に謙虚に!」
     人生観が大きく変わった瞬間でもありました。
ところで、コメ騒動が収まりません。 マスコミ等では「備蓄米放出!いつまで続く高米価」等コメの話題で賑わっています。  コメ専業農家として暮らし続けて50年が経ちます。これほどおコメが世間から注目されるのは本当に久しぶりです。 「猫の目農政」と揶揄され、時代に翻弄されながらも必死に田んぼに通ってきた農家として主食のコメが注目されるのは大変ありがたいことです。  今回のコメ騒動。 正直いって突然やってきた・・・。という感じです。 生産現場で暮らし、ここ数年のコメ農家の激減を目の当たりにして 近い将来コメ不足になるという予感はありました。それが、あっと言う間にコメの値段が急騰。 さすがにこれには驚いています。 しかも、連日 コメ高騰の犯人捜しで賑わっています。  それにしても、世の中勝手なものです。  つい最近まで、JA(農協・農家生産者の代表?)が提示す概算金は正しく大幅なコスト割れの生産者米価。都会では 生産現場では考えられない極端な安値で売られているおコメ。今度は、お米が高くなった途端に都会の消費者からは お米が高くなった。どうにかしろと非難轟轟! ほんの一握りの流通業者の動きを捉えて、 お米を売り惜しみしているからケシカラン。などと勝手に言う始末。 今回の米価高騰、スポット価格で(一俵60K)5万円という価格は論外として、生産現場での取引価格(一俵60K税込み)2万4千円は本来あるべき米価です。 それが高いと言われると、なんとも情けなく寂しい気持ちになります。 今までが、安すぎただけ。「昔から百姓は、絞れば絞るほどでてくる」といわれてきましたが今は時代が違います。 それではこれまで、儲からない米を作ってきたのは何故か。 多くの農家は、「代々受け継いできた田んぼでコメを作り続けるという使命感」で田んぼに通ってきたといえます。今の社会を席巻している「お金の損得だけ」ではなく命に直結するお米の大切さを感じて田んぼを守ってきました。 それが、高齢化と働き方改革など社会環境の急激な変化に伴い、その構図が大きく崩れ去ろうとしています。これからの日本の稲作を担うのはJA(農協組織)ではなく、自立した個々の農業経営者を育て経営者としての自覚と責任の下に生産計画を立てる。これまでの、ムラ社会を前提とした農政推進システムを改める。しかも農水省には、資本主義経済と社会主義経済が融合した新しい経済システムを発想とする新しい農政の展開を望みます。今回のコメ騒動を契機に総兼業農家を前提とした米農政の総括をする。せっかく前向きに農業経営に取り組もうとしても、 常にハシゴ外される。 こんなプライドをズタズタにする農政からの大転換を望みます。


NO,366  田んぼ通信 令和7・2・14

世の中コメ価格の高騰で連日大騒ぎです。 本日(14日)新聞各紙「備蓄米放出。最大21万トン」の大見出。 この件に関しては、言いたいこと山ほどあります。  コメ作り専業農家として、田んぼ一筋・50年。息子達に経営の全てを任せた今、私からの切なるお願いです。 「政府の皆様、誠にご苦労様です。中途半端に米政策に関して口出すのは、程々にしてほしい」それだけです。    以前にも書きましたが、 「社会的共通資本」の著者・経済学者 宇沢弘文氏は、その中で 『農業の場合、自ら育った狭い、しかも因襲的な農村社会の中に閉じ込められたままで、新しい展開への展望を欠くのが一般的である。 しかも、肉体的にきつい労働と不安定な経済的条件を伴うものであるから、農の営みを自ら職業として選択しようとするのは、むしろ例外的だといってよい。 たとえ農の営みが社会的、経済的に重要な機能を果たすということをよく知っていたとしても、また農の営みに対して本来的な性向をもっていたとしても、農業に従事することを若者たちに選択せよというのは、非合理的であり非現実的だと言わざるを得ない。 このような視点に立つとき、いま私たちに求められているのは,農の営み、あるいは農村の在り方をいかに改編して、多くの若者たちに魅力あるものにできるかである。』 と論じています。  著書の中で論じている具体的農業政策論には大いに疑問を感じることが多々ありますが、農業観に関する考えは大いに参考にしています。  今回のコメ騒動の根底には、宇沢先生がいう農業観が深く関わっていると思えてなりません。我が米作り人生50年を振り返ってみて、「我が百姓人生・全く悔いなし」です。その間、農業に誇りをもっている優秀な仲間がいました。  その仲間も、 因襲的な農村社会の中に閉じ込められたままで、新しい展開への展望を欠き いつしかコメ作りの生産現場から離れていく姿を見てきました。今回のコメ騒動に関し、コメ農政を論じる農業関係者や評論家のご意見がたくさんあります。  そのなかで、田んぼで米を作りコメ収入で自ら暮らしている人の話は殆ど伝わっていません。  この10年来コメの生産コストは上がるばかり。生産資材や農機具代も一気に値上がり。米作りで暮らしていける収入を得られない現実。やめるのは当たり前のことです。  コメの高騰が止まらないと騒いでいますが、それでは、コメが高くなったから 再び米作りをはじめるという話は、聞いたことはありません。それどころか、これを機会に米作りを止めたという話を多く聞きます。  世間は評論家気分でコメを論じているひとばかり。田んぼでお米を育てる農業者がいてはじめてお米は生産され、消費者の皆さんに届けられるのです。  田んぼでお米を育て、その収入で暮らしを成り立たせるプロのコメ農家が激減。これまでコメ政策は、JA農協組織と一体的に展開してきました。しかし、そのJA農協。昨今の農協組織の急激な弱体化は驚くばかり。それに伴う無責任といえる事業展開を見るにつけ これからのコメ政策をこのまま任せていいのか。大きな疑問と不安がのこります。  問題は世の中に政府の言うようなコメが生産され、R6年産は存在するのか。大いに疑問です。21万トンのお米は、 消えたのではなくそもそも存在すらなかたのでは・・・。今回のコメ騒動を機に農政の在り方が大きく見直されるかもしれません。


NO,365  田んぼ通信 令和7・1・15

寒中お見舞い申し上げます。  今年の正月は、暖かく穏やかな日が続きました。 元日には、きれいな初日の出を前に 思わず手を合わせました。 今年一年の平穏無事を祈って。今年も宜しくお願いします。
それにしても、最近の正月は暖かくなっています。  お正月は一般的にお雑煮を食べますが、我が家では、お雑煮(餅)を食べるのは正月3日目から。それまでは、白いご飯に納豆を添え神棚(正月様)にお供えします。何故か?(所説は親父さんから聞いていますが、)私の答えは、昔から代々そのようにしているから。 それが、我が家の正月様を迎える儀式だから。それだけです。毎年12月28日に正月用の餅を臼で搗きます。1月7日は七草がゆを食べ。1月11日は、むかし苗代だった田んぼに作業場に飾っておいた おがん松を飾り「農のはじめ」(鏡開き)です。この日を境に農作業を始めます。(今でも「農のはじめ」が終わるまではトラクター等の作業はしないことにしています)また、うすに飾った餅を焼いて食べます。 昨夜(1月14日)は、小正月を迎えるにあたり正月飾りを全て下ろし、ミズの木に団子をさし(豊作祈願)主だった部屋に飾ります。また夜には、小正月を迎えるにあたり正月飾り等を神社やお寺さんの境内に集め無病息災を祈願する どんと焼きが行われました。 どんと焼きが終われば正月も終わり春がやって来ます。 小正月に飾った団子の木は、20日の風に当てるなと言われています。 19日には団子飾りを下ろし、団子は保存食として油で揚げた団子を食べます。最近は、お菓子が豊富にあるためか見かけなくなりましたが、結構おいしいです。どんと祭が終われば、正月も終わり春がやって来ます。  また、1月16日は 「やぶ入り」 地獄の閻魔様も休む日にあたり地獄の窯も開くと言われてきました。全ての仕事は休み。以前は土木建築業者もこの日だけは仕事を休むとされてきました。昨今は新暦の暦通りの休日が当たり前になり休む業者が少なくなりました。 「やぶ入り」という言葉さえも死語になってきたといえます。しかし、少なくなりましたが山仕事をしている知人は、今でも山仕事は休みにしている。不思議とその日に山仕事をすると大けがをするのだといいます。農業を始めて50年が経ちます。新暦中心の暮らしに慣れ親しんだものにとって、旧暦はなじみが少なくなりました。それでも大切な日や催事等を行うときは、身近に神社祭事暦をおき確認してから実施することにしています。わが家の正月料理は、妻が作る人参・ごぼう・大根・ジャガイモなどを煮干しと醤油でシンプルに味付けし煮込んだ御汁。これを食べると正月気分になります。わが家の正月は、全て妻が毎年、絶やすことなく守ってきたらこそ正月様を迎えられます。多少は省略したとはいえ昔ながらの正月行事を続けたいです。 ところで世の中の難しいカラクリは分かりませんが、昨今の激動する日々を暮らす中で以前にもまして世の中に対し興味が沸いてきました。知識は、パソコンで補えますが。今の時代を、生き抜くための知恵が必要です。いまさら、評論家で食える訳でもなく、その能力がない事は自分が一番知っています。無駄な抵抗をする時間はありません。最も身近な人、組織が生き残るために、いま何が必要か。生き残るための知恵を学びたい。必ず生き残る。そんな思いを巡らす新年です。そして、今年は年男です。